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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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DSC05753.JPG舟戸界隈を巡ってきました。鹿児神社⇒船戸天神社⇒白太夫神社⇒天竺神社です。

しかし、この舟入川沿いは、歴史が埋もれちょりますね。

しかも舟入川沿いの北側の道は、車がほとんど通れんくらいの自転車専用道路にしてえいくらいの道幅で気持がえい。

追手筋から真っ直ぐに東に抜けたらフジグランがあって、橋を渡ってすぐ舟入川沿いのサイクリングロードに入ることができる。これは意外と埋もれた高知の資産やね。

そっから、物部川の山田堰まではもちろんのこと、アンパンミュージアム・物部村・べふ峡まで到達するサイクリングロードを整備したら結構、すごいことになるね。

舟入川沿いは歴史があることはもちろんのこと、野中兼山の土木偉業のことととか、河川干潟系人工用水路に豊かな生態系が育まれゆうという生物学的な要素を詰め込まれちゅう。

重層的な歴史・水を殺さない治水利水・豊かな河川干潟生態系という高知の本質が舟入川に凝縮されちゅうような気がします。

DSC05766.JPGDSC05767.JPG


ひまわり太郎さんもたまに取り上げる白太夫神社にも行っちょりました。

墓の看板が曲がっちょったき、直そうとしたら取れてしもうたちや。差込が浅すぎるで。差込直したけんどスコップがないと奥まで指しこめんき台風がきたら倒れるかもしれん。今度スコップを持っていかないかん。全体的に管理が行き届いてなくてほんまにもったいないことやね。

白太夫のことについては、大阪の綱敷天神社の度会春彦(白太夫)の項に詳しく書かれちょって、大津に葬られちゅう白太夫が伊勢渡会氏やった可能性も浮上してきちょります。

ここでどんな問題が浮上してきちゅうかというたら、垂加神道を開いた山崎闇斎『ウィキペディア(Wikipedia)』は、若い頃、土佐に留学しちょって野中兼山と交流があったき、度会春彦の墓を訪れちょった可能性があるということながです。舟入川は野中兼山が作ったし、山崎闇斎は五台山(吸江寺)におったし、垂加神道を開く人やき、近くの神社はある程度把握しちょったと思う。その中でなんで白太夫にこだわるかというたら、ぎゅうこうは漢字に直したら牛江になる。闇斎は吸江と潮江の不思議な関係に気付いちょったかもしれん。それをつなぐのが白太夫。

そしてそれは伊勢神道であり、渡会氏の豊受信仰。大津の北側は国衙であり岡豊。岡豊は豊受の土地。岡豊のコウは、鴻ノ森のコウ、神田(コウダ)のコウで神のこと。河内(カウチ・コウチ)のカウでもある。豊受=河内=高知の妄想も意外といけそう。


晩年、山崎闇斎は若い頃学んだ土佐南学と、伊勢神道と吉田神道をミックスさせて垂加神道を大成させていくがですけんど、この垂加神道が幕末の尊皇思想に多大な影響を与えていくがです。土佐は一藩勤王のイデオローグの武市半平太が出てくるがですけんど、この思想の源流って結局、菅原道真・高視、白太夫にまで遡ることができるがやないかと思うがです。


田村安興さんの著作記事で書きましたが、自由民権運動と土佐南学のイデオロギー的連鎖が指摘されちょりますけんど、これを10世紀にまで学術的に遡らせることができるがやないかと思いよります。

それぐらい日本史にとって重要な遺産ながですね。白太夫神社は。

お墓まで行けんぐらい荒れちょって、荒れちゅうというか竹とたけのこが異様にすごかったけんど、どういうことながやろうね。たけのこの皮が氾濫しちょって、猪でもきたが?と思うたちや。



DSC05781.JPG
天竺神社もすごくって、階段が長くて、城の遺構が残っちゅう。なんていうがやったっけ(左写真)。堀切でもない、切通しでもない。敵兵を迎え撃つやつ。

これを見るだけでも天竺氏の当時の息づかいが伝わってきます。4,50人おったらもういっぱいいっぱいなるがやないかと思うほどの小さい山城やけんど、小さいきこそ妙なリアリティがある。

高知城でレンタサイクル貸し出して、そこから1時間くらいでつくがやないろうか。道も簡単やし。メタボな方にはぴったりのプログラムやないろうかね。

歴史を知って、お腹も引っ込む。こんなえいことはない。ほんで、ひろめ市場でリバウンド。そんな本末転倒話も高知らしいと言えば高知らしい。


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岸田さんの作ったトロフィーめちゃくちゃかわいい!

長宗我部フェスのこともさることながら、この動画配信の雰囲気もかなりえい!

めちゃ手作りで、まさに梁山泊という感じやね(笑)


ちょっと動画を小さめにして埋め込みしてみました。


これはすごいことやと思いますよ~



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http://isnn.tumblr.com/post/445050404/3-21-7
【転載歓迎】3.21 「イラク戦争なんだったの !?」開戦から7年 検証シンポジウム

週末開催されます。告知協力大歓迎です。転送、転載、よろしくお願い致します。

——————————————
「イラク戦争なんだったの !?」
開戦から7年 検証シンポジウム

「大義のない戦争」「石油のための戦争」として、世界中で反対の声が上がったにも関わらず、2003年3月20日、強行されたイラク戦争。日本でも、盛り上がる戦争反対の世論を無視し、当時の小泉首相が戦争支持を表明しました。

 あれから7年、日本の検証を求める動きが全国各地で高まりつつあります。昨年、イギリスやオランダでイラク戦争の独立検証委員会が設置されたことを受け、私たちは同年11月、「イラク戦争なんだったの!?―イラク戦争の検証を求めるネットワーク」を立ち上げました。有志の国会議員も応え、すでに80人余りが「イラク戦争検証を行うべき」との議員署名に賛同。岡田外相も国会で、検証を行いたいとの意向を明らかにしました。

イラク戦争の検証は、日米同盟や憲法論議、国際社会の中での役割、そして私達の税金の使われ方など、今後の日本のあり方を問う上でも、重要ではないでしょうか。

このたび、私たちは、“日本での検証を実現するためには何が必要か?”“検証すべきことは何か?”“検証を経て、私たちは何を求めていくのか?”などを、各分野の専門家とともに議論するシンポ ジウムを開催いたします。

7年前のあの日、少しでも「おかしい」と感じた方々、昨年の政権交代で何かが変わるかも、と思った方々、ぜひ、本シンポジウムにご参加下さい。

【日時】2010年3月21日17時から19時半
【場所】明治大学リバティータワー1F・1012教室
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
(千代田区神田駿河台1-1)

【主な内容予定】
・イラクの現状
(佐藤真紀/JIM-NET、高遠菜穂子/イラク支援ボランティア)
・国際法の観点からのイラク戦争の問題点 
(東澤靖/日弁連国際人権問題委員会委員長、HRN理事)
・イラク人道復興支援の問題点
(高橋清貴/日本国際ボランティアセンター)
・イギリスとオランダのイラク戦争検証委員会について 
(スピーカー交渉中)
・自衛隊派遣の問題点
(川口創/イラク自衛隊派兵差止訴訟弁護団)
*敬称略

【問合せ&詳細】
「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」
HP:http://isnn.tumblr.com
メール:regretiraqwar☆gmail.com(☆は半角@に換えてください)
電話連絡先:090-9328-9861(志葉)
土岐山(やまとの部屋)

高知県日高村に土岐城がありました。土岐氏は戦国土佐の歴史に密接に関わりますが、おおまかに言いまして、鎌倉・室町期を通して北関東の藤原秀郷流、新田氏系、甲斐武田氏、美濃土岐氏に関わる人たちが土佐にたくさん流れてきています。

この流れは単に、中央政界から地頭のような立場で流れ着いた、南北朝の動乱でどさくさにまぎれてやってきた、というようなもんやなくて、黒潮海人族の文化がまずベースとしてあって、その糸をたぐって皆、あっちこっち移動しよったがやないかと思います。

源氏が海人族の末裔やったというがは最近、オカルトの方面でもまことしやかにささやかれちょって、熱海の海底に沈んじゅう港湾は鎌倉幕府が使用しよったというところまで研究が進んできゆうらしい。それぐらい鎌倉幕府の実体は、まだ明らかじゃないということ。

源頼朝の父・源義朝『ウィキペディア(Wikipedia)』がなんで愛知県の知多半島の野間に埋葬されちゅうかを考えたら源氏と黒潮は、はっきりとつながってくる。野間は東日本と西日本をつなぐ廻船で栄えた街。

そこで落ち武者狩りに会うがは、なんらかの深いメタファーがある。源希義は、頼朝挙兵時に土佐で討伐された。

源為朝『ウィキペディア(Wikipedia)』の琉球王家始祖説もおもろい。ここにも源氏と黒潮というメタファーが横たわっちゅう。


土岐氏は清和源氏の流れになるらしいけんど、その起源はかなり古く、魏志倭人伝に出てくる都支(とき)国の末裔ではないかと思う。

伊都国は、北九州から高知県南西部(伊豆田)⇒高知県中央部(伊都多)へと後退し、伊豆国まで東遷している。これはもろ加茂氏の東遷ルートであり、迦毛大御神がなんで力を失っていったのかは、出雲神話が力を持ち始めたことと密接な関わりがある。


土岐とは、土を分けるクナト(岐)の大神という意味であり、三河一之宮・砥鹿神社の砥鹿ともかなり近い意味を持つ。

黒潮海人族にとって内湾を持つ平野こそ都にふさわしく、土佐湾・伊勢湾・相模湾しか彼らが拠点とできる場所はない。

関東と土佐のつながり、美濃と土佐のつながりは、この文脈でみていくとかなりおもしろい。

一条兼良は、斎藤妙椿の招きで美濃におもむき、文明5年(1473年)には『ふぢ河の記』を執筆していますし、その長子・一条教房は土佐国幡多荘に下向している。これが土佐一条氏の始まり。けんど土佐国幡多荘からは聖徳太子の懐刀である七星剣が出ちゅう。幡多荘は皇室の単なる荘園ではない。皇室を作った秦氏・賀茂氏の元々の出元、『随書』に記された秦王国は、まさにこの幡多荘。

幡多荘にある延喜式内社・高知坐神社の高知はコウチやなくてタカチ。高知は天皇の隠語で、高い所からしろしめすという意味。万葉集にも出てくる。これがハツクニシラスという初代天皇をあらわす称号につながっていったがは想像にかたくない。

一条氏は藤原北家であり、そこに日本海海人族(海部氏・越前秦氏)も入ってくる。織田信長は越前秦氏のキリシタンやし、光秀もおそらく秦氏でキリシタン。そして長宗我部も波多国秦氏のキリシタン。

美濃斉藤氏・美濃土岐氏・信長・光秀は藤原北家一条氏でつながっちょって、『本能寺の変』時の関白は一条内基。やき、これは藤原北家キリシタン秦氏の内紛ということになる。


クナト(岐)の大神は、日本古来のサエの神と習合したサルタヒコでもあり、サルタヒコを奉祀しよったがは秦氏。

とにかく土岐氏は古い氏族であり、皇室と深い関係にあるがは戦国期に始まったことやなくて、弥生時代後期にまで遡ることができると思う。

おそらく都支国は、香川県丸亀市の土器川付近やと思う。



土岐氏に関しては、本能寺の変 「明智憲三郎的世界 天下布文!」の明智さんが詳しい。


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新聞・テレビの猛反発は必至 総務相「新聞社の放送支配禁止」表明(J-CASTニュース)

最近、民主党のことを書いてなかったけんど、これは最高に素晴らしい法案。原口一博総務相は尊敬すべき大臣の中の大臣。神の領域。

これまでは大企業優先の論理で広告主ありきの情報統制でとんでもない独裁国家体制が営まれてきました。

民主党内部でも色々と問題はあるようですが、これに限っては市民側も力を与えていかなくてはと思います。

*******引用はじめ**********
「マスメディア集中排除原則、これを法案化します。そして、クロスメディアの禁止、つまり、プレス(新聞)と放送が密接に結びついて、言論を一色にしてしまえば、そこには多様性も、民主主義の基である批判も生まれないわけであります。これを法文化したいと考えています」
*******引用おわり**********

原口一博総務相も言われているように、民主主義の根本は批判精神にあります。

日本では仏教文化の影響から批判を慎むべき傾向が養われておりますが、自殺者が3万人を越え続けゆうこの期に及んでも、大乗的活動を展開しない仏教界は、戒名料に甘んじるクソ坊主の集団と言えるでしょう。

肩書きやプロパガンダに騙されずに誰か大乗的活動をやりゆうのかという真眼を持つ必要があるでしょう。

この国の教育制度は思考停止教育制度で、国民から「何が大切で、何がそれほど重要でないのか」という判断能力を奪ってきました。

自分たちで取り戻していく必要があるでしょう。


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新堀川を観光の目玉に

藤島さんが素晴らしい記事を書かれてます。

確かに、はりまや橋下を掘り起こして遊覧船を中央公園に通すよりも、とりあえずは新堀-江の口経由でなんとか車高の低い遊覧船を高知城まで抜けさせる計画のほうが手っ取り早く費用がかからない。

けんど、新堀川4車線化が実行されたらこれはできんなる。南側ビオトープ化計画もどうなったがやろう。

新堀川周辺地域住民が積極的な市民活動を望まんかったら4車線化がすんなり実行される。


中心市街地の問題でもそうやけんど、自分の利益だけを考えて道路やショッピングモールを望む人たちに住民権はない。住民権を主張するためには、その土地を守り、先祖を守り、土佐の伝統を守っていくものにこそ住民権は付与される。新堀川界隈・中心市街地界隈に住む住まないは関係なくて、最も重要なことは高知を愛しているかどうかだけの問題。私腹を肥やすために道路とショッピングモールを望む人たちはどうぞ新自由主義の国、自分のことしか考えないアメリカへ移住してください、というしかない。

以前から何度も書いてきたように新堀川は、高知の未来を占う重要な川です。その川を法的に用水路とし、いとも簡単に暗渠化してしまうその性根は親殺しに等しい末代まで恥ずべき性根。

県が募集するパブリックコメントを絶対視するパブ・コメ絶対論者は民主主義がなんたるかを全く理解してない。


なぜ市民がテーマと期間を決められて県にいちいち意見を具申せんといかんのか?キチガイじみている。

そもそも人間社会は、多様性に満ち満ちている。それをパブ・コメという一様的な手段に収斂させてしまうその手法こそ形式民主主義の代表と認識すべきやろう。


本来は、公僕たちが県民80万人の家ひとつひとつに訪問し、地べたをなめるぐらいに平身低頭、意見を伺う。これが本来のあり方。市民が語るテーマと時間帯は制限されるべきではない。制限されるべきは金をもらって仕事をしゆう公僕のほう。何度も言うようやけんど、この国は主権在民という崇高なルールによって守られている。

公僕は士農工商で言うたら最も下層の商にあたる。でも昔は商売自体が
卑しいとされたけんど、それでも三方良しの崇高な商売理念を持っちょった。今の公僕は、このレベルにも達しちゅうかどうかわからん。さらにその頂点に『士』がある。

本来は『士』層が官僚へと移行されたはずやけんど、その面影はない。自己を犠牲にせず市民を犠牲にする。新しい身分制度を考えんといかん時期にきちゅうと思う。あまりにも卑しい人間が増えすぎた。


自分の胃の中の消化される食物が市民の税金でまかなわれゆうという現実を見ることができんき、先祖への感謝もできん。そこにパブリックという感覚は存在せず、私(わたくし)のためだけに生きる餓鬼・鬼畜の類。


公私混同という言葉が意味を持ったがは一昔前。今はパブリックを私物化するのが当たり前の時代になってきちゅう。しまいにはそれがあたかも当然かのように主張する輩が出てくる始末。この国の住民はどこまで磊落すれば気が済むのか?もう少し形而上の概念を取り戻し、崇高なもののために生きちょった時代を思い出さんといけません。



さて、
西武跡地 知事ら取得先訪ね要望(asahi.com)

尾﨑知事と岡﨑市長のほか、西山昌男・高知商工会議所会頭、土佐経済同友会の岡内啓明代表幹事らのそうそうたるメンバーが年初に西部跡地取得会社を訪問したらしいです。


かなり気合が入っちょります。不動産鑑定評価額の範囲内での買い取り交渉カードもきったらしく、なかなか素晴らしい交渉であったと思います。


できれば今後は、この案件を失敗例として不動産管理課を構築し、県内不動産の管理・統制を総合的にプロデュースしていかないかんと思います。ブロック主義経済圏を作るなら当然のこと。エンジェル的な投資なら対話を、ハゲタカ的投資には圧力をかけていくというアメとムチの地方政治力を構築する必要があるでしょう。

シキボウ跡地と交換させるなんて論外。あそこは県産品の巨大ショッピングモールを作ってイオンに集まりゆう力を県側に還流させる重要な戦略的な土地。政治力・法の力を使って県外ハゲタカのエキスを骨の髄まで吸い尽くす蟻の巣地獄的経済政策を北嶺の地(薊野)で実行する必要がある。


「問題はパチンコ屋にあるのか」(高知おこし 新堀川)

点と点がつながっていく。西部跡地の問題は確かに点の問題やなくて、面の問題。藤島さんと下司さんの記事で点が、嗚呼、つながっていきゆう。


カルポート・バスターミナル・新堀川暗渠化の面に変わる『新たな面』が出てくる。

『始まったら止まらない』公共事業。そんな公共事業はいらん。いつでも止められて変更を加えられる公共事業がほんまの公共事業。前例は無益。前例を踏襲し続ける思考回路も無益。それやったら前例に洗脳されてない分、脳みそ自体がない方が賢い。


この国の全ての前提が間違うちゅう。新堀川を暗渠化するというより、この国の全ての前提を暗渠化することのほうが合理的。


藤島さんがうまいことを言いよった。この国の裁判に纏わる諸制度は、連作障害に陥っちゅう、と。笑える話やね。裁判だけやない。政治手法・経済政策・メディア、全ての構成要素が私腹を肥やすタヌキがおんなじ畑で同じものを植えて、同じ収穫を得ようとしゆう。腹がでかくても脳みそは小さい。

連作障害が出るがは当たり前。

今、必要ながは、今までとは違う国家構造、違うイデオロギー、違う政治システム、違う産業構造。

そこが見えんやつらはいつまで経っても新撰組でしかない。滅びゆくものにしがみついても滅びしかない。戦艦大和とともに沈んだ我々の先祖はかっこえいけんど、武士道を廃して明治期にできた官僚システムにしがみつくほどかっこ悪いことはない。なぜならそこにはなんの精神的遺産もないき。



たかだか50年の歴史もない前例にしがみついてもかっこ悪いだけ。新堀川工事を即時中止して新たな面の都市計画を実行すべし。それができんかったら土佐人が龍馬を語る資格なんかない。他県でもっと革命的な地方自治を実行しゆうところはごまんとある。


前にも言うたけんど、

龍馬、龍馬、言いゆうけんどやりゆうことは新撰組

にならんように土佐人は気をつけんといかん。

それほど恥ずかしいことはない。


新堀川工事は他県の知事も批判する時代遅れの工事。

それを野放しにして前例を覆すことができん、あるいは一度始まった公共事業を止めることはできんとか、道路ができたほうが便利・人も通り始めて商売もうわむくかも~みたいに後ろ向きに考えることが果たして龍馬的か新撰組的か、考えたらすぐに答えは出るやろう。


県外から来た人たちはそういうところがよう見える。がっかりするがは、はりまや橋だけやない。高知に住む人たちの前例を覆さん精神構造にこそ最もがっかりするやろうね。龍馬伝でさらなる悪いイメージを県外の人たちに植えつけんよう前例を覆していきたいもんやね。この際、官民一帯となって。



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最近、ひまわり太郎さんが浦戸湾七島の記事を書かれよりますが、『浦戸湾七島』知りませんでした。こじゃんと重要です。

[2443] 竹島のてっぺん - 2009/12/23(Wed)

[2444] 竹島の全貌 - 2009/12/24(Thu)

[2445] 洞ヶ島探検 - 2009/12/25(Fri)

綿密なフィールドワークがおもしろい。

[1889] JRの高架から比島を眺める - 2008/06/17(Tue)

上記記事から『浦戸湾七島』を列記しますと、大島・葛島・田辺島・洞ヶ島・竹島・玉島・比島です。

ちなみに伊豆七島は大島・利島・新島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島が一般的です。

この中で大島・利島・新島を神格化した伊豆最古の神社に何度も調査に入っておりまして、伊豆の古層の信仰に三体妙見信仰が横たわっているのを発見しました。



オンチャンも記事にされちゅうように変な木 - 嶋宮神社(南国土佐へ来てみいや)、3女神を祀る三体妙見が高知に存在したがは確実で、土佐と伊豆の関係は、はるか古代に遡ることができます。


つまり、浦戸湾七島に存在する神社群は、もともと各個独立して発生した信仰の場所やなくて、巨大な信仰体系の中から合理的に生まれてきた土佐に発生しちょった王権の爪あとやということができると思います。


3女神を祀る北九州が大和朝廷と深く関わちょったこと、そして、伊豆最古の神社が三体妙見信仰を持っちゅうこと、この両者をつなぐ位置にある土佐にそれらを超越する巨大信仰の爪あとが残っちゅうことを分析したら、明らかに土佐の古代が、朝廷によって完全封印されたことが理解できます。

むしろ逆に、島が神格化された古代において、内湾に多くの島を持つ土佐に王権が生まれんかったということを証明することのほうが困難を極めるでしょう。

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先週の街づくりカフェ・歴史談義は主に『歴史の中の差別』の問題がテーマ(?)やったかな。

もともと部落差別は、天皇が国家主義化していく中で、もともとの天皇の側近たちが、絶対王政天皇制を敷きたい人たちから差別、というか落としこめられたことを起源としている。

もともと一君万民型天皇制の下では、自由と平等が『大和の合議制』という緩やかな民主主義によって確立されてましたが、天皇制が絶対王政化する中で、自由・平等・大和の合議制などの要素は徐々に失われていきました。

西洋の近代的自由をきっかけとして土佐の一君万民が蘇ったのが自由民権運動であれば、近代的分離の思想をきっかけとした興ったのが全国水平社というてもえいやろうと思う。

この全国水平社が遡及する差別の根源がどこにあるかというたら、明らかに明治国家が生み出した近代的差別であり、国家神道・サンカ追放・修験道禁止などによる住民台帳に記載できない反乱分子を差別して社会から抹殺するという意味合いが強かったわけです。

明治までの差別は差別であっても、職能的区別の割合が高く、修験者・遊女・サンカなどの社会の底辺者とされる人たちが、様々なルートに情報や知恵を授けていたことを考えると、現代差別の根源は非常に西洋思考的で、カトリック内部で女性が執拗に差別されるカトリックの女性蔑視と非常に構造が似ている。

これらの根源はキリスト教の異端排斥に起源は遡り、西洋人の白人至上主義にも連なる。

もともと女人禁制も仏教が日本に入ってきてから根付いたもので、そもそも一君万民型天皇制の下では女性天皇が正規の皇統とされていました。

これは、いわゆる母系社会・邪馬台国の文化・文明ですけれども、これを破壊するために導入されたディオクレティアヌス『ウィキペディア(Wikipedia)』(←卑弥呼が亡くなった248年に4歳。卑弥呼が土佐で没して邪馬台国共和制が崩壊し、帝政大和朝廷が徐々に畿内を中心に形成されていった)から開始された帝政ローマの思想、あるいは呉の皇帝思想が上古の日本で一世を風靡し、律令国家が完成し、その後、母系社会に戻るものの明治期に、再度、帝政ローマの思想を元に発展した西洋文明の差別主義を流入させることになるわけです。

『明治国家=善・昭和=悪』という司馬史観は、非常に問題があり、差別を考える上で、明治時代は上古を越えるほどの差別主義が貫徹された時代であるという認識が必要であると思います。

この明治時代に、朝鮮半島の文化と直結する歴史を持つ土佐が意図的に落としこめられたがも是非とも認識しておきたい重要な歴史ですね。

朝鮮に対する蔑視も明治期以降に流行り始めたわけで、それ以前はバテレンに対する政治的差別が日本における差別の主流でした。これも宣教師同士の争いの中で豊臣秀吉が西洋人から仕入れた思考回路であり、日本における差別の根源はキリスト教の異端排斥の宗教原理に端を発していることに目を向ける必要があると思います。

この異端排斥をされたキリスト教の異教徒が最終的に流れ着いたのが日本であり、むしろ日本は異端を受容する文明のゆりかごであったわけです。これを可能たらしめたがが縄文のマレヒト信仰であり、縄文色が強い土佐のおきゃくのルーツでもあるがです。


結局、何を言いたかったかと言えば、街づくりカフェでは毎日、土佐のおきゃくが開かれゆうということです。


先週は今年最後の街づくりカフェでの歴史談義でした。

さすがに来週は1月1日のためお休みをするようです。


でも、まだまだ街づくりカフェは市民活動の拠点として年の瀬までオープンしちゅうそうです。


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