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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
先日、馬楽さんとも話しましたが、織田信長が本能寺で討たれ、明智光秀+上杉景勝+徳川家康+長宗我部元親が天子を戴く連合国家を形成しちょったら、【最高の国体】になっていました。

この国体が何かと言えば、それは何を隠そう邪馬台国連合国家の国体なわけです。

そもそも【卑弥呼】は、連合国家の各クニから共立された倭の女王でした。そこには土佐に現存する自由と平等の精神が根付いており、しかも連合国家という形態で天子を戴きに据えるという土佐の国体思想の全てを兼ね備えております。

結局、土佐人とはどんな時代になろうとも、この【卑弥呼】が連合国家の上に戴かれていた国体を魂の記憶から忘れることができず、その時代へと国体を戻そうとする衝動に駆られます。


武市半平太然り、坂本龍馬然り、明治期の土佐皇権伸張派然り、谷干城然り、幸徳秋水然り、あらゆる土佐人が、その表現手段、最終目的地に至る道のりは違えども、自由と平等に基づく一君万民連合国家を目指しておりました。


然れども、この思想というがは、もちろん当時【卑弥呼】を共立した文化的背景を持つ旧倭国邪馬台国連合国家領内でしか根本的理解はもたらされず、一君万民と言えば、絶対王政を意味するものとして、長きに渡って、誤認され続けてきました。特にこの部分が邪馬台国と狗奴国の争いの元となりました(狗奴国は絶対王政を主張し続けたがです)


土佐の皇権伸張派が明治期に活躍するも、天皇絶対王政の国家神道として全国に認知させられたのは【一君万民連合国家】の本質の典型的な理解不足によるものでしょう。

その理解不足が【不敬罪】へと拡大され、【一君万民連合国家】思想の出元である土佐の幸徳秋水を処刑へと追いやったのは、歴史の皮肉と言えますし、幸徳秋水を処罰した事件こそ真の【不敬罪】とも呼べる大逆事件でありました。


それぞれの地域が、それぞれの特色を活かしながら経済発展を成し遂げていくためには、国体をひとつにまとめる象徴というものが必要になります。

その象徴が日本においては、天皇になるというだけの話で、未だ自由の概念について凄まじく意識の低い国民に自由と民主主義などが現実的に象徴になり得るはずもなく、基本的には天皇という象徴でなければ、日本は治まらんがです。

それが日本の現実であり、日本の伝統であるがです。

土佐弁は日本一、論理的な言語です。白か黒かをはっきりさせる言語です。今の日本にとって何が必要ながか?はっきりと発信していく必要があると思います。


それは【連邦制天皇主義】ながです。


それは「邪馬台国連合国家の復活」に他ならんがですね。

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馬楽さんが、また面白いことを論じておりますので、自分もそのことについて書いてみたいと思います。

土佐人の物語40(或いは宗教論)


土佐人の宗教観というがは、おそらくほとんどは縄文時代から存在しちょったと思うけんど、土佐邪馬台国時代に強烈に完成されていったと思う。

その土佐邪馬台国時代というがは、ちょうど世界ではキリスト教がローマ帝国内部で国教として支持され始める頃でした。(支持されるというか、一部の司祭が異端者狩りを実行し始めたという方が正確)

その頃、ローマ帝国内部では、ミトラ教とキリスト教がローマ国教の座を争っておりました。


結局、キリスト教がその勝者となるがですが、その勝因というがこそ、実は1神教という毒(ポイズン)でした。

馬楽さんが言いゆうように、実は土佐人の中にも『一藩勤王』に代表されるように強烈な1神教の毒(ポイズン)があります。

これは今でも「お酒」という最高神が毒(ポイズン)になっちゅうのを見ればわかります(笑)「酒で死ねたら最高や」というのが多くの土佐人の深層に眠る精神構造ですが、この「酒」が「天皇」に変わったらどうなるでしょうか?(さらに言うと、古代、「酒」と「神」は同一視されよりました)


これこそ土佐邪馬台国時代に出来た宗教観ではないかと思うがです。

弥生時代、東四国が北九州より早い段階で大陸の文化を吸収しよったことは徐々に明らかになってきよります。

その弥生時代こそ、キリスト教最高の熟成期間であり、その文化がシルクロードを通って北九州を通り越して四国南部に入ってきた事は容易に想像がつきます。シルクロードの西の最終地点が古代ローマ、そして東の最終地点は四国やったがです。


おそらくは、まずローマの国教の座を失ったミトラ教(多神教)が高知に流入し、土佐古縄文の八百万の神々の信仰と習合され、その後、当時多神教であったキリスト教が徐々に入ってきたがやと思います。

結局、ヨーロッパでは最終的にはギリシャ神話におけるゼウスとキリストが習合され、【太陽神的神格を与えられたキリスト】のキリスト教は、その前段階を全て吸収し日本で最高レベルの宗教的段階を経た土佐でいち早く、受け入れられるようになるのです。


この文化的素地が女王『卑弥呼』を生むわけであって、これが弥生時代後期における最も強力な力となっていくわけです。


この多神教キリスト教から1神教キリスト教へとキリスト教の全ての段階を経た土佐では、犬神『ウィキペディア(Wikipedia)』などの古縄文的な信仰も並存しており、その混合が【卑弥呼の鬼道】という他地域では決して真似ることのできない最高レベルの宗教認識を形成していったのでした。


邪馬台国の連合国家とは、まさにローマから追われたミトラ教や原始キリスト教などの進取の宗教観を古縄文の認識に結合させた明治維新にも引けをとらん弥生維新後の国体やったわけです。


土佐人が明治期だけに活躍したというのは全く間違った認識で、日本が変わろうとする時、『一藩勤王』という弥生のキリスト原理を持った土佐は必ずメシアのごとく日本を席巻するがです。

なぜならそれほどの宗教観が古代、ここ土佐で醸成されたわけであり、それが土佐南学を創り、明治維新を牽引する原動力にもなっていったわけです。

土佐勤王党『ウィキペディア(Wikipedia)』

土佐勤王党の思想の特異性についてウィキペディアに「一藩勤王」という言葉が用いられて表現されちゅうけんど、これこそ自分と島本さんが言いゆう「一君万民天皇制」のこと。

これはごく最近になって自分らあが言い出したことじゃなくて、土佐の歴史を調べていったら、その思想の糸が古代にまでつながっちゅうことが見えてくる。それこそ女王卑弥呼を頂点とした一君万民の思想であり、自由主義と勤王主義が同時に共存するマルクスの理想社会


幸徳秋水なんかも社会主義者でありながら天皇制を支持しちょったのに大逆事件の陰謀で処刑されたりした。この手の思想というがは、他の地域の日本人にはほとんど理解されず、唯一思想的な北陸に近いものがある(西田幾多郎・鈴木大拙など)

二・二六事件の思想的主導者である佐渡出身の北一輝もかなり土佐の思想に近い。

トサとサドは響きが逆になっただけやし、古代においてものすごい密接なつながりがあったと思われますね。

やき米騒動も北陸から始まったが。日本を変えていく思想が生まれてくるところは土佐か北陸のいずれか。こういう歴史の本質を見据えたら、自然と土佐人のこれからの身の振り方も見えてくるやろうと思う。

わけのわからん中央史観に騙されんづくにら、真の歴史を知っていくことが大事。

土佐では今でもヒミコが生きちゅうってこと。「一藩勤王」こそ邪馬台国の思想ながやき。何百年・何千年経ってもその思想が衰えることはない。なぜなら、土佐弁にこそ、その思想が焼き付いちゅうがやき。

強烈な自由主義と平等主義を醸しだす方言は他にはない。


こういう思想の根底にのっとった形で情報発信を展開していったら高知の再生は確実に達成されるやろう。なぜなら他の地域に類を見んほどのすごい思想があるがやき。マルクスもたまげるやろう。


「不破哲三とマルクス」 森田実氏と岩見隆夫氏のコラム

土佐のまつりごとさんが不破さんに関することを書かれていますが、その中で不破さんが<マルクスはなかなかの日本通だった>ということについて言及されちょります。

で、その記述が、実はオールコック初代駐日公使(いまの大使)による回想録「大君の都--幕末日本滞在記」(岩波文庫)を元にしたものではなかったかという地点を指し示されていますが、ものすごくおもろい話です。


なんでマルクスが日本に言及するのかというと、社会の理想のあり方を追求する時、資本と社会がどちらが優先されるべきかを考えるのが西洋では一般的ですが、日本では両方が同時に実現されている。しかも天皇という王が存在しながら、絶対王政という西洋ではあるはずの権力支配がなさそうだという驚きの感覚から言及がされちゅうがやと思います。


不破さんはマルクスは生きている、と指摘していますが、自分の場合は、そのマルクスが驚きを以って言及した日本の一君万民は今でも高知で生きているということを指摘したいと思います。

高知ほど自由闊達な雰囲気を持って、一君を信仰する土地は日本にはなく、大和の自由主義の原型、つまりは古代の天皇制の原型(邪馬台国の天皇制)が今でも根付いちゅうがです。


歴史を知らん高知県人はこのことを認識することができんと思うけんど、坂本龍馬の自由主義と武市半平太の勤王主義が共存する、この高知の土壌についてもっと知る必要があると思う。この2つの共存こそマルクスが理想とした社会ながやき。

また、アメリカよりも早く女性参政権を政府に認めさせた土佐の楠瀬喜多おばさんは、右翼の巨魁『頭山満』とも縁があったらしく(おばさんの墓は頭山満が建てたらしい)ひまわり太郎さんも書かれちょりますね。

このように土佐では自由主義と勤王主義が紙一重で親和性の高い思想であったことが伺える。これが本当の一君万民大和の自由主義というやつ。



だいたいの場合、社会(勤王)主義が先行したら社会は全体主義に陥って権力が横行し(昭和の軍国主義として認識されるようなもの)、資本主義が先行したら社会は拝金主義に陥って汚職が横行する(戦後から現在に至るまでの社会)

そのどちらでもない社会が高知の社会。これは古代の社会というてもえい。

拝金主義を蔓延させんためには、金より人のつながりのほうが濃くないとだめやし、全体主義が蔓延せんためには、支配されることを異常に嫌う先住民族系の自由主義が濃くないといかん。高知の面白いところは支配を異常に嫌うくせに天子を信仰しようとするところ(この心情が西洋では全く理解されない、さらには日本の中でも理解されんことが多い)実はこれがマルクスが目指した理想社会の市民像。

それを西洋ではアークとかって呼ぶ。これを戦後GHQが日本を隈なく探したけど出てこんかった。で、最近になって剣山系から卑弥呼のミイラがでたもんやき、躍起になって四国を米軍の完全支配下においてしまおうとしゆう、これが今回の米軍再編の核心。極東情勢の安定化などは嘘。アメリカ人が一番欲しいのは、アーク。


宿毛の米軍基地建設とか、土佐清水沖潜水艦事件とか、これらは全部、日本の政府と米軍が結託した、しょうもない破壊工作。今後、高知県人は絶対に米軍と結託する自民党員には力を与えたらいかん。


人のつながりを維持するがは『よさこい』とか『おきゃく』とかで今でも文化的に継承されゆうし、支配されることを嫌う風潮は『いごっそう』とか『はちきん』という言葉で表現されゆう。

この2つの巨大な文化が今でも高知を守ってくれゆうことに、自分らあは先祖に感謝せんといかんと思う。(それやのに中江兆民の縁の土地の前の川を埋めて道路をこしらえるとは何事か)


高知県人は、この高知の2大文化の中に日本の一君万民の原型があることをもっと知らんといかんと思うし、新自由主義が蔓延して社会がボロボロになり、次の価値観を探して彷徨いゆう日本人に対して、進むべき方向を指し示す役割があることをもっと自覚せんといかんと思う。

自発的な勤王主義、自発的な自由主義。

もっとオラオラでガンガンにやっていかないかんと思う。

ついでに国会もぶち壊して、天皇を頂点とする連邦制(馬楽さんも言いゆう)を早めに実現する必要があるやろうと思う。


マルクスは生きている、ならず、土佐人は生きている、ということか。

土佐弁で言うたら、『土佐は生きちょらあや』、やけど(笑)
ちょっと土佐弁で言うたら気が抜ける。


『土佐は生きちゅうちや』(否定形)

『土佐は生きちゅうわや』(念押し形)

『土佐は生きちゅうがいや』(押し付け形)

『土佐は死んじゃあせんわや』(逆説押し付け形)

『たまるか土佐は死ぬわけないやいか(ないじゃいか)』(逆説否定形)

『土佐は死んじょりません』(逆説丁寧否定形)

『おまん何言いよらあや』(隠喩否定形)

『死んじゃあせなあや、現におまん、おれさまのお口がうまいうまい言うて今、このうまい酒を飲みゆうじゃいか』(ようたんぼ形)

『むずかしいことはようわからんけんど、あてらあはこれ(酒)さえあったら、他はなんもいらんがよ(笑)』(はちきん形)

『これ(酒)やりゆう時は天国やき、ある意味死んじゅうかもしれんわにゃあ、わっはっは』(いごっそう形)


まあ、どれを使うても同じ意味やけど、土佐は生きているということ。


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