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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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この前の続きで、食糧自給率100%への具体的な道のりですが、けんちゃんや藤島さんに指摘してもらったように、やり方はひとつではないような気がしてきました。

けんちゃんが言われる減反政策からの脱却と保存食の拡充は必須やと思います。そもそも減反政策なんかは55年体制が農民票からゼネコン票へと強制的に移管した脅威の悪策やし、そのことによって自動車産業を始めとする輸出産業が日本の国際競争力を牽引してきたがは良かったものの、その負の面は弱者を食いつぶす土建中心の重厚長大な国家思想に力を与え続けてきました。

(ソニーの創始者のひとりである井深大氏が晩年、[気の研究]をやりよったように(キチガイ扱いされて死んでいった)、日本は90年代初頭にはそういう方向へ舵を切らないかんかったわけです。それを『失われた10年』とかいうてゼネコン延命と新自由主義拡大路線に突っ走った90年代00年代の政治家・企業経営者の罪は重い)


これが時代の要請に応じ、崩壊してきたわけやき、減反政策自体も見直す必要があると思います。現在の米農家は、ほとんどがやっていけん。輸入米との競争にさらされたら国内の人件費や燃料費ではとてもじゃないけんど、太刀打ちできん。そのくせ農協が卸団地にふとい建物を建てるがは、一体どういう神経をしちゅうがか?

日本の農業は、ウルグアイ・ラウンドやドーハ・ラウンドのラウンド協議の中で自動車産業の人身御供にされてきたわけやけんど、民主党が円高容認政策と内需拡大宣言を出したように、これからそっちの保護主義的方向へとゆり戻しがあると思います。

そういう時代状況の中での、【高知県食糧自給率100%への道】ながやけんど


①減反政策からの脱却と保存食の拡充(けんちゃん)

②晴耕雨Web(藤島さん)

③高知県内完結サプライチェーン(自分)


をとりあえず目下のところ具体的な指針にしたい。

藤島さんが言われゆう②の晴耕雨Webは、自給率データの抽出方法に関係なく、そういう文化が根付いたら間違いなく高知県の食糧自給率は上がっていくき、検討の余地なくそういう文化的素地を高知県は進化させていく必要があると思う。とりあえず自分の中でも半農半〇的思想は大好きで、この思想は政府の減反政策を超越するがです。

米や野菜が売れいで農家はやっていけんき、自給率も下がってきゆう。やき、大規模に売るという意識は捨てて、自分で食べる分ばあ、あるいは知り合いにやったり、売ったりするばあ、作って生活する。でもそれだけではやっていけんき、Webを組み込む。それが理想やろう。実は自分がやりたいライフスタイルもそんなが。自分の場合は何年もかけてそれを目指してきたき、Webのほうは完璧やき、あとは畑を探す段階。


それと③の高知県内完結サプライチェーンやけんど、これも著しく高知県の食糧自給率をあげると思う。これは県内の外食産業で使用される食材を全て県内の食材でまかなうとする考え方。

個人での自給自足より、高知県人は外食が好きやき、そこの自給率を上げたらえいという話。今でもそういう文化が結構あって、喫茶なんかでも自分の畑でとれたもんを出しゆうところも多い。そういう文化をより一層、強固なもんにして高知県内の外食産業から自給自足を実現してもらうということ。これは誰も損をせん。食材農家は助かるし、このブランドが立ち上がってきたら外食産業も人が来るやろうし、そこで食べる人たちも健康になる。

ただひとつ問題は、県内で安定的に食材を供給し続けられるかということと、外食産業が利潤を上げるほどの仕入れ値で県内の野菜を確保できるかという問題がある。

ここで何が必要になってくるかというたら、県内完結サプライチェーンというがが、ある程度認知度が高まり、全国規模で人気にならんといかんがよね。そうすることによって価値があがって値段も少し上げられるき、皆がなんとかやっていけるということになる。


たぶん他にも色々とできると思う。とにかくこれは経済構造転換と文化構造の転換やき非常に時間と手間がかかる。ただ、その苦しい仕事を最初にやった県が勝ち馬に乗れるというがは間違いがないと思う。


やるかやらんかと言われたら、やるしかないやろうと思う。

高知県に他に道はないし。


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食料自給率100%にするためには、具体的に何をしたらえいがか?というテーゼ(命題)ながですけんど、まずショクリョウには、食料と食糧がありまして、ここの違いとかもありますし、農水省が出しちゅう指標と同じ考え方(カロリーベース)の指標で、100%を目指すがか、それとも全く異なるベースで100%という数値を目指すがか、考えんといかんと思います。

今、土佐経済同友会が県内各地で講演会をやられてますが、これらの講演会を通して、自給率に関心をもってもらうというのが最も正攻法と言えると思います。

そして、自分たち民間人も言葉の意味と自給率を100%にする意義を理解せんといかんと思います。


しかし、その前に多くの人の意識の中には、『なんで高知県だっけがそんなことせんといかんが~』とか『そんなもん国がやったらえいことやないが~』とか、まずなぜそれを目指すのかがわからん方たちがいます。


なぜ食糧自給率100%を目指すかというたら、高知は独自の政治・経済圏を築かんかったら生活環境が悪化し続けるがです。

ここの根本的認識に到達できてなかったら、食糧自給率100%の意味と意義が理解できんがです。やき、この問題は意識改革の問題でもあって、土佐は独立するんですよ、と言い続けていかないかんと言うことです。


ほとんどの場合、土佐独立の時代的意味を理解できる人はそう多くはないと思います。

幕藩体制が終わって日本国ができた時に、国家というもんを意識できた人間は、龍馬や兆民、勝海舟など、ごく一部の限られた人たちだけでした。

それで彼らが何をしたかというたら、民衆にその意味をわからせようとしたがやなくて、そうなる・そうなるとほんまにしわく言い続けたがです。維新政府は国家神道で上からの国家意識を醸成しようとし、土佐人は下からの国会開設運動や近代的自由啓蒙運動などで国家意識を醸成しようとしました。

このような運動も成果があったと思いますが、最も国家意識の高揚に成果を上げたがは皮肉にも、戦争やったでしょう。土佐人はこの時も邪馬台国時代と同じ過ちを繰り返しています。つまり、当時、邪馬台国は魏などと国際貿易体制を敷く文化的連合国家でしたが、戦争国家主義が非常に強いクナ国に最終的に占領されてしまうがです。

土佐人の悪い癖は、非常に精緻な哲学を組成するがはえいがですけんど、それを放逐しもうて、それを管理・統制せんことです。近代的自由というもんが明治初期に存在したにも関わらず、昭和の時代に発生した「アジアは日本が統治すべきである」という日本盟主論などは、土佐の自由思想が中央に昇り、変質化し、国を誤らせた好例と言えます。

ほとんどの場合、土佐の思想は東京に行くと全く違う形で解釈されます。逆もまた真なりで東京の考え方は、高知にやってくると全く違う形で解釈されてます。脳の構造が違うがです。これがわかれば如何に中央政府と同じ政策を選択することが馬鹿らしいのかがわかります。


話を元に戻しますと
明治維新前年のええじゃないか乱舞をみてもわかるように、日本人は西洋人のようにフィロソフィーで行動するがやなくて雰囲気で、つまりは祭りで行動します。

やき、食糧自給率100%も、よさこい乱舞にする必要があるでしょう。根本的な哲学の組成は一部の人間がやりますので、後は勢いで変わっていく。こんな感じでえいがやないでしょうか?


ただ、その一部の人間というのが、ある程度おらんとだめで、その中で様々な議論と融合がなされていかんといけません。


食糧自給率100%というのも、かなりいい加減な指標で、本気でやろうと思うたら、調味料とか水なんかも全部高知県内でまかなわんといかんがですね。それはかなり不可能に近く、ほとんどの場合、概念的な意味において(食糧の物流がほぼ高知県内で完結・循環している)のものになるとは思います。


しかし、その地点へ到達することでさえも、非常に哲学的なワークグループが必要になりますので、県庁に頼っちょったら一生不可能ということになるでしょう。


それぞれの項目・目標について分科学会みたいなものを開いて知を蓄積し実行に移していかんといかんがです。

それが{ゆうあい工房}!?

是非、そういうものを酒の肴にしながら楽しく変革できていけばおもしろいと思います。

コムツイ話だけやなくて、たまに歌や踊りを交えながら、よさこいやおきゃく文化という土佐の融合の文化を満喫し、発信していくことも必要やと思います。


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2008.01.11
県労連新春旗開きに120人
  県勢の浮揚へ大同団結
 (高知県労連より)

この中で尾崎知事は
(引用はじめ)
公約の“対話と実行”は、軽い気持ちで申し上げているつもりはありません。考えが違っても対話の門は閉ざさない。そういう意味では、私の出席がそんなに珍しいことでしょうか」

「高知県の雇用環境は依然厳しいものがあります。高知県の発展には、効率を追求して〃勝ち組み"を伸ばすのではなく地域の声を聞いて、成長の芽を大事にする対話を重視して、地域雇用、経済の振興をはかっていきたい」
(引用終わり)
と述べました。

大分、見直しました。

民主主義的、社会主義的な要素が強くなっちょります。

当初、自分が抱いていた独裁的、新自由主義的な印象とは
がらりと変わりました。


効率優先ではなく地域生活優先の社会をつくりましょう。

撃破!サプライチェーンマネジメント

ここでも書いたように日本の社会は効率を優先するばかりに
サプライチェーンなどの狂気地味た企業マネジメントが横行する
ようになりました。

そういう不条理なシステムは高知から退場してもらい
自分たちの食べる分は自分たちで作り、余ったら売っていく。

お互いに協力し合って生きていく日本人の伝統的な
社会のあり方を取り戻しましょう。

強いもんはほっちょったらえい。
政治は弱いもんに機会を与えましょう。

機会を与えるということはバリアをフリーにするということ。

社会の下支えをしている人たちにこそ耳を傾け
その人たちに活力を与えられる社会にしましょう。

フィンランドの教育制度は”落ちこぼれのない教育”制度と言われています。
そのような社会にしましょう。

それで経済が発展せんかったら
(それはないか、フィンランドは経済発展しちゅうし)
落ちこぼれのない社会を売りにして観光客を呼びましょう(笑)



2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会
詳しくはコチラ!


ガソリンの暫定税と道路
<yahooニュース『ツカサネット新聞』より>

暫定税の問題で上記記事が本質的。

この問題は地方政府のお子様ぶりと妄想ぶりを伺わせるものやと思う。

暫定税が地方の道路建設に使われゆう。
暫定税率を維持するかしないか?

維持なんかせんでえい。地方の依存を先延ばしにするだけ。
だからというて、今まで中央に集めた税金はもらわんということやない。

自民党は国民のことを考えるふりをして
暫定税を一般財源化してまた豪遊するつもり。
はっきり言うて信用できん。犯罪者集団。
中央に金を集めること自体をもうやめんといかん。
それが地方分権の本質。

尾崎知事は暫定税維持の行進をしゆう暇があったら
自立した財政の実現に向けた会議をせないかん。
的が外れちゅう。


そもそも地方の道路とは何か?

道路整備は地方政府が独自に行うべき。
莫大な費用がかかるが、現在よりもコストを抑えて
維持費がかからん道路整備・管理は可能なはずである。

そういうことも検討せんずくに
中央政府に道路を造る金をくれ、金をくれというのは
あまりにも未熟やと思う。

確かに県の財政は厳しい。
道路にお金を割く余裕はないやろう。

でも余計な再開発に金をかけゆうし
県内の人材を最大限に活かしゆうとは思えん。
レスポンスの悪い県庁の対応をみたらわかる。

死ぬ気で自立的な財政再建を試みてないのに
金ばっかり受け取ろうとする。
そのくせ無駄は省かん。


それはまるで、子供が
”いっつももらいゆう小遣いでお菓子を買いゆうがやき
小遣いをストップするらあて絶対に許さん”と言いゆうようなもん。
あほう、おまんら自分で働けよ。


県も自分で稼げよ。色んな人に頭下げて協力してもらえよ。
そういう時に、メール送って返って来んらあて
まだスタート地点にも立ててない。傲慢すぎる。

知事はこういう県職員を即効クビにせんといかん。問題外。


まあ、こんなところで言うても仕方ないように思えるけど
そういう雰囲気を作っていくのが一番大事。

高知県自立した財政実現会議は
まず、知事と県庁の”国へは依存・県民へは傲慢”の体質を変えること。
自分が県を代表した人間であるという選民思想を改めさせること。
パブリックサーバントとしての自覚をしてもらうこと。

それができたら、県民からの問い合わせにも
即座に返事ができるようになる。

そんなことは人間として当たり前やけど
それができてないのが県庁。
悲しいけど、それが高知の実情。
そこから変えていかんとなんも変わらん。

まずは普通の状態に持っていかんといかん。

政策どころの騒ぎではない。

この問題が高知を衰退させゆうということも重要なこと。

松下幸之助の”物質を無尽蔵に至らしめる”の大号令の下で
団塊の世代は高度経済成長を唯物主義に則って進んできた。

(堺屋太一によって導き出された団塊の世代という概念は良くも悪くも皆のターゲットにされる)

しかし、未だに日本中がこの松下幸之助の玉音放送の神託から目覚めてはいない。

物質を無尽蔵に至らしめることによって起こった自然破壊
そして未来の大人を育てることを放棄した人間たちが導き出した人間破壊。

この2つの破壊は最も大きなそして最も深刻な破壊を
日本列島にもたらした。

松下幸之助の夢から覚めんといかん。
玉音放送の記憶から逃れんといかん。
しかし、松下幸之助の経済思想は復活させんといかん。
大号令の中身は時代によって変わるもの。
今、松下幸之助が生きちょったらこう言うやろう。
”日本中に無尽蔵に心を至らしめる”と。


団塊の世代が唯物主義から唯心主義に回帰した時に
あらゆるゲートが開き、下の世代が活きてくる。


団塊の世代が破壊してきた自然を取り戻すための、そして
罪滅ぼしをするための一大拠点を高知にしたらえい。

海外移住をしてみても、田舎暮らしをしてみても
なんか虚しさが残るやろう。

なぜならそこには目的がないから。
目的のない人生とはなんと虚しいものやろうか。


自らが破壊してきた自然を取り戻すための活動を高知で。
それが団塊の世代が最も輝くゴールデンな活動に。

団塊ゴールデンエイジの意識開闢は、ここ高知から始まる。



老人セレブリティ

上記記事で正連寺開発にふれたけんど
やっぱり今あるもんを活かさないかんので
”山”の設定は大豊町にしたい。

①JRの駅があること。

②全国的に有名な限界集落であること。

③意外と市内中心部から近いこと。

④切り開かれた畑が放棄された状態であること。

⑤町内のバスが廃止されてさらに不便になったこと。

⑥梶が森があること。

などの理由から高知市100万ドル都市計画のサテライトになってもらう。


以前、役場に問い合わせしたら状況は厳しいということやった。

それはインフラ面(特に上下水道と日用品の買い物)の
問題が移住者を躊躇させるとのこと。


であれば、大豊町には老人セレブリティー計画や
団塊移住者ドル箱ライフスタイルの拠点になってもらったらえい。

首都圏では農地付きアパートやら
宿泊もできる農地付きレンタル小屋が大人気。

高知はそれをもっと大きくやる。
定年退職者を市内に住まわせて、大豊町で軽農業をやってもらう。
往復のJR運賃は県が半分くらい補助する。
(山の手入れ者がおらんなって発生する土砂災害の復旧費用よりも
山を手入れする人間に交通費を出しよったほうがはるかに安上がり)

作って余った野菜は日曜市で売ってもらう。
こんなおもろいことってある?
やっぱり高知はドル箱。

しかも大豊町はオサバイさんをやりゆうみたいなし。
オサバイ様の祭り&交流会が開かれました!!
(嶺北農業改良普及所より)
本物の農村。完璧。
下記は自分の記事。
農村再生はオサバイさんの再生


市内に住んで昼間は気が向いたら大豊町に農作業。
(しんどい時は夜須でリゾート)
これで大豊町のインフラが整備されてないところをクリアできる。
一日中住むわけやないき。
畑は復活するし、なんせちょっと山へ行って野菜つくって
日曜市で売るという文化ができてくる。
それに移住者を巻き込む。

これを価値の複層化 と呼ぶ。


幸いなことに大豊町には公共交通がついちゅう。
老人セレブリティーや団塊ドル箱は車に乗らんでもほんまもんの山で農作業ができる。
ほんで300年の歴史がある日曜市にも参加できる。
こんな楽しいことはない。

しかも大豊町には梶が森という高知市民に一番人気の山もある。
トレッキング・ハイキングには最高。


山である大豊町へはJR

海である夜須へは電車で

川である伊野へも電車で

ほんで桂浜へはフェリーで

公共交通を使った海山川満喫のライフスタイルが
都市機能を享受しながら実現できる。

しかも野菜をつくって余ったら売る。
食の安全も確保されるし、なんというても
押し付けがましくなく地域社会に参加できる。
そういう居場所を都会の人は求めちゅう。


これが高知のドル箱ライフスタイル。

車に乗らんでもえい。


しかも限界集落をそのままにしちょったら
山の手入れをするもんがおらんなって、土砂崩れが頻発する。
それで道路が寸断されたりする。

新しい道路をつくりよりけにならん。
今ある道路がどんどんぶっ壊れていくがやき。

県庁もはよう対応せんといかん。

この案はこじゃんとえい。
大豊町に軽農業に行く人が増え始めたら
バスもまた復活するかもしれん。

そうしたら移住する人も増えてくるかもしれん。
間伐に興味を持つ人が現れてくるかもしれん。
第二の人生を林業にかけてみる人も現れてくるかもしれん。

高知には木質バイオマスもある。
木質バイオマスを勉強してみる
高知へ移住してきた人の中から循環型社会の構築に命を燃やす人も出てくるかもしれん。

そうしたら大豊町のインフラの整備も夢じゃない。

誰にとってもメリットがある。

市内に住みながら農林業に参加できて
新エネルギーシステムの構築にも参加できる。
日曜市にも参加できるし。ドル箱ライフスタイルやね。
押し付けがましくないし。えいがやない?


バリアは県庁だけやね。

山間部対策部とかあるけんど
メール送ってもひとっちゃあ帰って来ん。

一級の資料を作って掛け声だけはえいけんど
それから後が全然見えて来ん。

県庁はただの資料作成チームか?

ほんま、まず県庁をバリアフリーにしたいちや。



高知県観光ビジョン

上の資料によると高知には観光客が314万人も来ちゅうそうです。

そんなに観光客が来ゆうのになんで高知はこんなに貧乏県ながでしょうか?
観光客314万人は気休めに過ぎません。
活かされてません。もしくは数字が間違うてます。

確かに夏は高知行きの飛行機は一杯で人気があります。
よさこいもあるからでしょう。


でもそれは自分が言うところの観光ではありません。
観光を再定義したいと思います。

観光とは一年中、人を惹きつける魅力を持つ資源によって
もたらされるものを観光と呼びたいと思います。

なぜなら、北海道にスキーに行った。
これって観光?違うと思う。

よさこいもスキーと一緒やろ?
よさこいを観光に含めたらいかんと思う。
あくまでもスポット的なイベントということで。

イベントで人を呼ぶのももうやめんといかんと思う。

なぜなら手間ひまがものすごくかかる。
歴史やったら一回、掘り起こしたらずーっと観光資源になる。


よさこいが好きやき言うて高知に移住してくる人はほとんどおらん。
たまにおるみたいやけど。

観光いうがは、ここに住みたいわという気持ちにさせる歴史とか伝統とか
それに影響されたオリジナルな地方都市社会を見てもらうことやと思う。

それが魅力的やったら人は自然と移住してくる。


人間がここに住みたい!って感じるがは
雰囲気が気に入ったとか町並みが気に入ったとか
人情が気に入ったとか
風土と気候が心地えいとかがあって

その次に

実際に生活できるが?
病院とか学校とかの施設は充実しちゅうが?とか
交通機関は便利なが?とか
インフラに興味が移ってくるがやと思う。

高知の場合は高齢化が深刻やき
観光と移住者誘致はセットにして考えていかないかんと思う。

田舎に定年退職者を誘致するがやのうて
高知市のコンパクトシティーにどれだけ有能な人材を呼び込むのか?
こういう視点もこれからは持っちょかんといかんと思う。

やき文化都市高知という価値が絶対必要になってくる。
文化都市高知をしてみむとてするなり


観光いうがは、その土地の歴史・伝統・文化から始まって
そこから派生した住みゆう人たちの雰囲気
ほんでその人らあが作りゆう現代的なインフラとか
社会の雰囲気とかも観光の対象になってくるとは思うがよね。

いくら伝統と歴史があっても
今時、川にふたして道路を造るらあて聞いたら
外国人はうんざりするろうし
東京の人間だって、無意味な自然破壊を見たら
高知は民度が低いがやね、文化レベルはそんなもんかって思う。

結果、文化力を持ったインテリな人たちは高知には移住してこん、となる。


観光、観光言うがやったらそういうところも含めて
トータルでプロデュースせんと
どっかでプラスになってもどっかでマイナスになっちょったら
プラマイゼロでやらんがましの状態になる。


花・人・土佐であい博をやるよりも
新堀川を残すことのほうが
少ない投資で最大の効果を得られる観光政策やと思うけんど
そこに気づかん間はおそらく脱線しっぱなしになるやろう。


観光いうがは、ふつふつを湧いてくる土地に染み付いた記憶を
見ることでもあると思う。

よさこいなんかはふつふつと湧いてきたものが
結晶した結果生まれた表面的なもんで
もっと重要なものはよさこいを生み出した土佐人のメンタリティー。
そしてその奥にある歴史と記憶。

よさこいはあくまでもショーに過ぎん。
その奥にあるメンタリティーを高知県人が説明せんと誰がそれをやる?

自分たちのルーツを説明するために
または表現するために観光はある。


高知に観光客を1日1万人呼ぶことは可能か?
を考えてみる。

月間で30万人ですから、高知市の人口と同じくらいの
人を1ヶ月で呼びこむことになります。
年間では360万人です。

これはすごい数です。
でもそこまでのことが実現できなければ
高知は観光で食っていくなどということは言えないと思います。


コンテンツを充実させることも重要ですが
それと同時にそのような人口移動に耐えうる
交通機関などのインフラも整備しておかなくてはなりません。


1日1万人をどのような交通機関の割り振りで考えましょうか?

飛行機で6千人
電車で2千人
車で2千人

くらいでしょうか?

飛行機で首都圏から毎日6千人を呼び込むとするならば
沖縄と同じくらいの観光ブランドにならなければ無理でしょう。

高知にはそれぐらいの潜在力はあります。
高知県人がまずそのことを自覚しましょう。

山・海・川、様々な自然が存在します。
南西部の先は亜熱帯です。

高知という価値をもっと高めていきましょう。
それには他県との違いを明確にしていくことです。


そして1日6千人を呼び込んだとしても
飛行場に公共交通(電車)が乗り入れてなければ不便極まりありません。

観光を本気で考えるならば
飛行場から宿泊施設が密集する中心地へ電車を引き込むことは
最も早い段階で検討しなければならないことやと思います。

順序としては歴史に裏打ちされた観光資源を
堀り起しながら、観光客の足を充実させていく。
しっかりとお金を使ってもらい、新たな設備投資をおこなっていく。

できるだけ自動車で観光してもらわない政策を掲げるのも
ひとつの価値になると思います。
車で高知に来た観光客には無料駐車場を開放して
電車の周遊切符をあげるとか。

そうすれば駅で必ずお金が落ちますから
メリットはあるとは思います。

もっと公共交通を使った経済効果の拡大に関心を払うべきやと思います。
そうすれば何も道路を太くすることばかりに
お金を使わなくても済みます。

文化都市には車は不釣合いです。

自然と野菜と本と公共交通で1日1万人を呼び込もう。

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