忍者ブログ
《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

まだ高知にこんな天才がいたのかと、


年配の人たちは、移住してきた人たちに対して何をやりたいのかがわからない言うパターンもあるが

受け入れる側もそれではだめで。。地域おこし協力隊が勝手にやっている、という思考回路は多くの場合、失礼な話だろう。

若い人たちが夢を持って、こんな山奥に来てくれて、私たちも一緒に何か頑張らなければならない、というのが普通のスタンスだろうと思う。


土佐弁しゃべりゆうのに、この人、高知っぽくない、という人間はいくらでもいる。高知に長年いればそれはわかるだろうけど、移住者の人たちは、それを切り分けできる術がないから可哀想でもある。




ということでMくんと話したEPAのラインを少しまとめてみる。


例えば


ドイツの中山間地域と高知の中山間地域の両方が再生可能な形でグローバリズムに加担せず、豊かに発展していく形とはどういう形か?


おそらく、これは人間関係と同じで、どちらかが他方を支配せず、依存せず、しかも目標は一致しているというナチュラルな相互理解関係の確立だと思われる。
 
 
『 本当の家族は、支配も依存もないがやき 』 新高知家
 
 
それには、同じ問題意識を持っていることが必須で、グローバリズムが結果的に中山間地域を豊かにしないという結論に哲学的に達していなければ不可能である。


つまり、自らの疲弊した地方が、新たなグローバリズムの発信地域として経済発展しても、それは単に第二の東京にしかならない、ということをまず認識できていて、東京とは異なる経済構造を構築し、新たな経済のニューウェーブを自分たちで作っていかなければいけないんだという哲学的境地に至ってなければ、この多国間個人EPAは成功しないのである。


であるから、おそらく提携先は、アメリカかドイツかフランス、もしくはスイスになるだろうと思われる。たとえば、マリーヌ・ルペンの国民戦線は、反グローバリズム・反移民を掲げているから、その第一関門は突破している。ただし、ここから極度なナショナリズムに転ずれば、安倍政権と同じ構造に持っていかれる。


軍事的侵略と移民による侵略はどこが違うのか?


それは攻撃的か平和的かの手段が違うだけであって、結果は同じである。われわれが目指すべきは”平和”でならなければならず、”平和的”手段であってはならないはずである。


手段を理想化できるのはフランス人だけであり、日本人には到底、真似できない芸当である。


100人の日本人村に1000人の中国人が移住してきたとして、日本の文化と伝統が保持されて、経済も発展、万々歳、という言う人がいれば手をあげてほしい。その状態を平和状態と言うならば、監獄の中にいることも同時に平和と呼ばなければならない。文化・経済レベルが近しい集団によってこそ高度な経済発展が為し得るというのは、私たち日本人が中産階級によって高度経済成長を成し遂げたことによって証明されているではないか。



われわれは今、不特定多数の互恵関係構築(グローバリズム)から、世界規模の特定少数の互恵関係構築(グローカリズム)へと進んでいかなければならないのである。


そのために、互いの文化文明・宗教への深い理解が必要であり、当然、言語もクロスオーバーしなくてはならないのである。


これは、これまでの国際化などという概念とは根本的に異なる。国際化とは、全く異なる国家同士が理解・交流するということが前提にある概念である。しかし、奇しくも【グローバリズム】によって、われわれ先進国の国家間差異は、それほど、大きなものではなくなっている。少なくともわれわれ若い世代においては。


【グローバリズム】がここに至るまでの必要悪であったという認識に立脚すれば、スムーズに移行できるのではないか。ジャイアンがいたおかげでわれわれは本当のしずかちゃんを知ったのである。
PR

安倍晋三に対するアンチテーゼは反安倍ではなく地域活性化活動であり、原発に対するアンチテーゼも反原発ではなく地域活性化活動である。

というのは、既に何度も繰り返し述べてきましたが、その理由をもう一度述べて、次のテーマへ。

安倍晋三が戦争を引き起こそうとしていると危惧しているのが左寄りの思考パターン。中国が戦争を引き起こそうとしていると危惧して安保法制を整備するのは当然であるというのが右巻きの思考パターン。

右巻きが左寄りよりも優位に立つために行っているネガティブキャンペーンが

”左は在日・反日であり、自由と民主主義を日本国を破壊するための手段として利用している→だからこそ立憲主義を否定し、国内の反日分子を懲らしめて良いのだ”

一方で

左寄りが右巻きを攻撃し反政府闘争するネガティブキャンペーンが

”安倍は軍国主義者で日本を戦争に巻き込むヒトラーである。or 安倍はユダヤ資本や影の支配者に操られた傀儡である”


この2つを冷静に分析すれば、両者が融合する着地点がないことがすぐにわかります。つまり、それが”戦争”なんです。

我々日本人が、近代を超える、あるいは大東亜戦争の清算をするということは、このような非合理な”戦争の構造”に組しないということなんですね。それが”脱構築”です。


ただ、”脱構築(第3極としての地域活性化)”している人間が少なければ、当然、社会は(権力者にとって都合の良い)”戦争の構造”に流されていきます。当然、現在の左寄りが戦争反対を叫びながら”戦争の構造”にがっつりとはめ込まれていることも簡単に理解できますよね。

まず、戦争は国家に由来するのであり、戦争に反対したければ国家そのものに対するアンチテーゼを提示しなければならないはずである。それを今、やるとするならば、それは中央集権国家そのものに言及していなければならないはずだが、現在の左寄りは、そのことに一切、言及せずに中央集権を是認しながら戦争反対を叫んでいる。つまり、問題を見極められないがゆえに論理破綻を引き起こし、その論理破綻を逆に利用され、政権が正当であるというロジックに余計な加担をしているのです。


このような、”構造”を客観視できるようになるために学問が存在するわけであり、特に今必要なのは哲学、そして日本的思考パターンとは異なる思考パターンを得られる語学なのです。



土佐国は、”日本語の通じる外国”という肩書をほしいままにしておりますが、その雰囲気や風土を生み出しているのは、土佐の気候から成り立つ文化、そして殊に土佐弁という言語であります。

つまり、高知に来て土佐弁をしゃべれば、これまでとは異なる精神性を手に入れられるということです。土佐弁に宿る精神性というものがあるとするならば、自分はアメリカとフランスの精神性に近しいものが土佐弁に宿っていると感じています。アメリカとフランスの精神性というのは、もちろん”自由と民主主義”です。自由と民主主義というのは、政治的なものと受け取られがちですが、本来は”人間の自立への希求”が源になっていると思います。例え、目の前に自分とは全く異なる意見を持った人間がいたとしても、それすらも”人間の尊厳”として認めるということです。それが今の、右巻きと左寄りにできるかどうかということです。


I disapprove of what you say,
but I will defend to the death your right to say it

ヴォルテールの有名なスタンス


彼は18世紀の人ですが、その人間よりも今の自分の認識が劣っているとすれば
まずそのことを恥じ入るべきではないでしょうか。
右とか左とかのスタンスを叫んで誰かを排除するよりも



歴史学的には、中江兆民が『近代的自由』を西洋から仕入れて、日本の近代が始まったかのようにとらえられることもありますが、既に土佐には古代より、近代的自由を体現する”土佐弁”が有史以来存在しているのです。



さて、本題ですが、現代における右と左の思考パターンをアッと言う間に客観視できる境地に連れ去ってくれる可能性を持った土佐弁ですが、何弁でも大丈夫ですので、近代を超越する会合をもよおしていく予定です。


安倍晋三が戦うべき思想的な相手かと言えば、自分には到底そのようには思えません。むしろ、私たちが戦うべきは、【近代という魔物(リヴァイアサン)】であり、それを思想的に超越できれば、安倍晋三も習近平もプーチンもオバマもいなくなるのではないかと思います。

これらの人物は、”近代の最終兵器”であり、ルイ14世が ultima ratio(最高の理性)と自らの砲身に刻み、最後の春を謳歌していたことと同じ意味を持っているのではないかと。


”太陽王(近代)の時代は終わったがで”というのは、憲法9条を守ることや放棄することと違うと思います。憲法9条も安保法制も近代国家を前提に置いているという点で誤っているのです。現在、問題になっているテーマはそういうことではない。欧州統合のその先に見えていた”近代を超越するとはどういうことなのか?”という問いです。



この問いを以って、日本を弱体化しようとしているだとか、日本という国を混乱させようとしているという見方を持つのも思想的に未熟であると思います。私たち日本人はEUやTPPに先んじて大東亜共栄圏という巨大経済圏を実現しようとしていました。私たちは通貨統合や域内統合の問題に直面し続けています。それは日本だけの問題ではありません。だからこそ、今、世界のあらゆる地域が土佐とのEPAの対象とならなければならないのです。


つまり、経済統合や通貨統合の主導権を政府や地方自治体に握られていること自体が間違いであるという認識に早く到達しなければならないのではないかと考えるのです。


それは、我々住民ひとりひとりから形成されるパリ・コミューンのような集合体同士が経済統合・通貨統合を独自に行うことによって爆発的かつ健全な経済発展が見込まれるのだという経済的未来予測を意味しているのです。戦争回避・脱原発・反安倍・EU危機などの多くの問題はここですべてが解決されるのです。

地産外商の売上高も年々、上がってきていますが、全体のGDPと比較するとまだまだ足りない。高知県のGDP2.2兆円に対して、地産外商公社の売上は数億円~数十億円程度です。

日本の2014年度GDPは530兆円です。つまり、高知県のGDPは日本全体の0.4%に過ぎない。

その0.4%を少しでも引き上げるために山本有二氏は、高速道路8の字ネットワークと四国新幹線導入を訴えていますが、全くの的外れです。高知県は自然を破壊しない戦略を持ってこそ、価値を高めることができるのです。


中谷元氏も含めて自民党は、地震・津波対策としての高速道路の設置を訴えていますが、それは単に後付の理論ということに注意しなければいけないでしょう。そもそも彼らにはゼネコンの組織票が背後にあります。

ただ、自民党がだめかと言うと、国土防衛・国土防災に関して、他に適当な候補がいないというのが冷静な判断になろうかと思いますから、高知1区・高知2区は自民党以外に投票しても比例代表は自民党にするという選択肢が最も賢明であろうかと思います。

日本の商店街をむちゃくちゃにしたハゲタカイオンに撤退してもらうためにも、今は自民党に協力せざるを得ないという状況もある。


さて、話をもとに戻すと、地産外商を次なる段階に引き上げるためには、


①東京から世界へ

②地震・津波で被災しない一次産業


の2つの条件が必要です。


①は単に、世界へ売り行くだけなら他県に先んじられていますから、意味がありません。やるならば、欧州の行政と個別に協定を結び、小自治体同士の個別EPAへと進ませていくのが最も効果的です。

安倍政権がほしいのは、下からの突き上げ成長であり、3本目の矢の具現化です。彼は大きい政府を志向し、地方創生を掲げていますから、地方独自EPAに反対できるファンダメンタルズを持っていません。

逆に、自らの地球儀外交の屋台骨となるような地方発地球儀経済思想を求めています。


柚子がヨーロッパに出荷され、評判もまずまずだったことや、国内からも再注目を集め始めていますから、その他食材や素材を積極的に外商していくことがより一層求められています。

それには、これまでの田舎くさい古臭いものではなく、古いものを新しく美しくリメイクした若い人の感覚を取り入れた情報発信が何より必要となってくるでしょう。


酒・乳製品・かんきつ類は、乾きもの・2次製品として地産外商の主力におくべきであり、第2新高知市として開拓されるイオン北側の高台にも大規模な観光農園・観光農場・観光牧場・観光○○として配置される。


そしてそこには、不死鳥をモチーフにしたフェニックスサッカースタジアムや日本の教育を革命する北欧型の図書館自主学習を可能にする、森と一体化した巨大図書館が建設される。


高知県は津波に襲われるということで、移住を敬遠されているが、津波に襲われない高台地域がこれだけあるのだという宣伝も積極的にしていく必要がある。『自由は土佐の山間より』と言われたように、高知の台地に住むことのほうが、むしろ土佐的であるというような情報発信の仕方も必要かと思う。


大石宗氏の政権放送を見たが、なかなか良かった。地方創生という権力者がとってつけた上からの革命ではなく、地域活性化という一般人の目線から見た地域再生を主張していた。

ただ、民主党を応援するということは、間接的に特定アジアを応援することにもつながるわけであるから、少しの注意が必要である。


地方交付税があるから、あるいはゼネコンへお金がおりてくるから、というような戦後を象徴するような大きいものに巻かれて生きていくという小日本人という立ち位置から今こそ脱皮しなければならないのだと考える。


自分の頭で考え、自分の身体で行動する。今まさにそれが求められている。政党が株式会社化し、国会が取締役会となった今、政党・法・国会を生み出したわれわれ土佐人には、全く新しい形の経済思想・政治思想が求められているのである。



GDP2.2兆を10倍にまで伸ばし、日本のGDPの5%を担って初めて世界における新しい形の成長モデルとして高知県は認知されるのである。その経済成長がこれまでの環境破壊というレールを走ってはいけないことくらいはすぐにわかる。環境と一体化した建築と天変地異が起きても被災しない在り方。この条件をクリアしてこそ土佐創生神話足りえる。


『国土強靭化計画』などとわけのわからない幻を吹聴するより、自らの精神を鍛え、環境を破壊しない国土開発を志向しなければならない。


人口減予測は、単に現資本主義体制が続くことを前提として予測されるものである。教育の質を変えれば人口爆発は起きる。


経済成長を否定するのは亡国である。1.5倍だった経済規模が30倍に膨れ上がった後、台湾は経済規模を肥やした中国に自然に、あるいは経済的に併合されようとしている。それは他人ごとではない。経済規模を落とすことは、即、隣国に支配される時代になったということも深く認識しなければならない。


われわれは、経済成長と自然保護の両立を求められている。

フォローしてちや
カレンダー
03 2017/04 05
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
プロフィール
HN:
ローカリズム
性別:
男性
ランキング
ランキングに参加しちょりますきに

人気blogランキング

にほんブログ村 地域生活ブログ 高知情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 西日本ブログ 高知(市)情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 西日本ブログ 高知 その他の街情報へ

記事ごとにはるがめんどいき
ここにしちゅうがぞね
気にいったらすまんけんど
ここにいっぺんもんてきて
ポチっと押しくれんろうか。
カウンター
標準語コンバータ
土佐弁を標準語に変換します。このブログ内の方言がひどくて内容が理解できないという方は上の【変換する】ボタンを押してください。
最新コメント
[07/08 ローカリズム]
[07/07 県外におる土佐のじんま]
[03/24 ローカリズム]
[03/21 あるふぁ]
[09/11 ローカリズム]
[09/09 NONAME]
[04/30 ローカリズム]
[04/29 谷川 佐知子]
[04/13 ナカちゃん]
[04/11 坂本]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 坂本]
[04/10 坂本]
[04/10 坂本]
[02/02 ナカちゃん]
[01/31 加賀]
[01/31 ナカちゃん]
[01/30 加賀]
[01/29 ナカちゃん]
[01/28 mio*]
[01/25 ナカちゃん]
[01/24 けんちゃん]
[07/21 ナカちゃん]
カテゴリー
ブログ内検索
市民運動
Save the 下北沢
アクセス解析
忍者ブログ [PR]