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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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素晴らしい”しみずじかん”動画


≪お金を稼げば幸せになれる≫という考え方は、明治時代の『脱亜入欧・殖産興業』の残滓と言っていい。

つまり、それらは明治国家(長州)から与えらえた”幸福論”であって、本来的な日本人の幸福論ではない。ただ、その洗脳を通過し、私たち日本人は西洋的な本当の意味でのそれぞれの幸福を生きる生き方へと変化しようとしている。


プロ野球選手とアナウンサーの結婚、芸能界を頂点とするおかしな文化中央集権、IT=ヒルズ+湾岸、のような価値観は全て古臭いオリエンタリズムと言わざるを得ない。


私たち日本人が、このアジア的な発展途上のオリエンタリズムから抜け出すとき、お金持ちではなく時間持ち、真に考えが近い友人たちと語らう場所持ち・機会持ちになってくる。


その中から本当の意味での政治や経済が生まれてくる。


月100万の結果を出している人間が10人集まれば月1000万以上の結果になるはずである。しかし現代日本人を10人集めると結果が500万以下になる。これは日本人の生産性の調査レポートを見れば明らかである。


その原因は、明治時代以降、日本人は互いに競争するように洗脳されているからである。なぜならば、そのほうが企業にとって好都合であるし扱いやすいから。



これらを客観視するのが、社会学や統計学、経済学などの学問であるにも関わらず、どの大学を出ても日本人は袋が大きくなれば、その袋をたいてい見破ることができなくなり、競争してしまう。


つまり、日本ではあまり学問が学問として機能していないのである。さらに言えばアートも資本主義に支配されるというあり得ないことが起きているのである。





本来的には、大和とは、大陸から様々な民族や文物が入って来た時に大同団結融合したのが、その国家始原であるはずである。その特異な民族的特徴を忘れ去られ、小さい袋の中でしょうもない争いを日夜繰り返されている。全くもってナンセンスな話である。



お金も必要だけど、ゆとりも必要よ、とか。ゆとりも必要だけどお金も最低限は必要よ、など。

バランスと調和にあふれたセンスを持つことが重要である。



六本木ヒルズを見て、”あの人たち、子供の頃、貧乏したんだね、かわいそうだね”と地方の人間全員が言えるようになったら六本木も湾岸も、民放も恥ずかしくて”お金持ち、うわー”などという馬鹿な放映はできなくなる。それは日本人が成熟した証であり、アジアから真に抜け出した瞬間、そして本来の日本に回帰した瞬間なのである。



意味のない時間を排除すれば、自然と真剣に語り合える仲間たちと自分が住む地域をどのように良くしていくかの議論が自ずと出てくるはずである。投票率の問題は、この問題と直結している。



千差万別の価値観を持てるはずであるが、その中でお金がないと生きていけないというひとつの価値観に縛られているのは、強烈な宗教組織であり、高知はその宗教を日本列島の中で唯一、ゆるく抜け出せる外国なのである。


ヴィヴァしみずじかん
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新年明けましておめでとうございます。


今年でブログ11年目ですが、高知を巡る状況もかなり変わりました。





さて、最近読ませてもらっているすごい高知ブログです。


まずガタリ夜話さん


何がすごいのかって、高知県人の自分でも知らないような店にガンガン入ってレポートする飛び込み力と街・店・人ノスタルジーへの訴求力


そして、酒、人、音、キャンプの高知の本質を芝生パトロールなるオリジナリティで表現し続ける凄さ


真似できないブログの天才


高知に移住して来てくれてほんとに良かった。他の地域に移住されてしまってたら高知は負けてしまってたかもしれない。






次に Forest Life Hack さん



都会のセンスで高知に切り込む、切り込み方が面白い


おしゃれで新しいライフスタイルを提案してくれているような凄いブログ


四万十界隈の情報も厚く、なかなか普通の高知県人ではカバーできない視点


幡多から何かが起こる起点になる予感






次に 高知に移住したのーてんき女のブログ さん



とにかく登山とサイクリングのローカル情報がすごい


高知の人でも行ってる人はいるけど、ちゃんと文字にする素晴らしさと



当たり前を当たり前としない移住してきた方ならではの視点は大事だと思います。



桂浜行ってきた、と言うと、あんた移住者でしょ!というネイティブの突っ込み



桂浜も仁淀川もなんなら浦ノ内もすごいがやき、と言える高知にしたい



これからものーてんきさんの活躍を見守らせて頂きたいです。






最後に セイカの暮らし便り さん



嶺北に移住した滋賀の女性の方



高知の情報を独自にそしてコンスタントに発信し続けるボディーブローは


ネットパトロールしている移住界隈ではかなりの破壊力になっているのではないかと




これからも外側から来た才能を持った方々が情報を発信し続けることによって高知はもっともっと面白くなると思います。







そしてそんな方々をルーツとするさらにその先を深掘りする未来の移住の方々



10年後もさらに面白くなってることと思います。



地震が来ても人の繋がりと面白さと食料があったら生き延びられる




高知はどんだけ掘っても面白い







※紹介情報、誤りがあったらすみません。
”テンノウ”へと向けられていた信仰心は戦後


”カイシャ”へと付け替えられた。


”カイシャ”に所属することが唯一の生き方だと宣伝・洗脳することによって


中央集権は拡大し、日本経済の屋台骨である東京の不動産価格は官民一体となって維持されてきた。


大東亜共栄圏が物理的に無理であったように


中央集権東京資本主義という構造にも物理的に無理がある。


その無理を可能にしたのが戦後資本主義という巨大宗教である。


①会社に在籍し、将来を約束され、結婚し、35年ローンを組まされ、法律を知らない頭の悪い上司に追い込まれ、最悪の場合 ⇒ 病気、自殺


②パートナーを見つけもらい、生活を保障され、領土拡大の戦いにだけ参加すればいい


①は戦後日本で、②はイスラム国


何が違うというのか?



どう考えても構造が同じであり、犠牲者の数は①の日本教の方が圧倒的に多い。
戦後の累計でおそらく100万人以上の犠牲を出している。

太平洋戦争の犠牲者が200万~300万なので、それに匹敵する勢いで戦後日本”カイシャ”教は、犠牲者をあげ続けている。


平和だとか他の国よりはましだとか、という言い訳が、ほんまにおこがましい状態


すぐ周りに、結婚しろ、大企業に入れ、公務員なら安泰だ、などと
日本巨大宗教へのクソ伝道師がうろついている。



私たち自身が、そのことに早く気づかないといけない。立場的に弱い就活生を品物のように見定め、青田買いをして自分の会社に利益になるように育てていく。そのどこに思想・信条の自由、職業未選択の自由があるのか?



われわれは戦後のこの巨大宗教を客観視し、”終戦”させなければならない。



われわれは生まれながらにして働かずとも生きていける権利を有している。


自然権とはそういうものだ。



地方創生とは人間創生であり、人間性回復へのレコンキスタである。




失地回復することにより郷土や移住先への愛や誇りが生まれ、そこから自然と創造が生れてくる。


その創造が複雑に絡みつくことによって大きなうねりとなっていく。



ベクトルは間違っていない。世界戦略の第一歩目は”しつこくやり続けること”である。


頑張らなくてもいい、しつこければそれでいいのだ。



この世の現象世界には、不易(変わるもの)流行(変わらないもの)の2つの側面がある。


変わっていけば変わらないものがどんどん入って来る。


立ち止まれば変わるものがどんどん入って来る。結果は同じである。


ただ、よりストレスが少ない生き方は後者である。



変えようという想い、と、変わらない現実、は常にバランスがとれているわけではない。


想いが強ければ強いほど、変わらない現実は、深くなっていく。


変わらない現実は決して自分の才能のなさではない。
変わりゆく現実の変化が小さすぎて体感できないだけなのである。


10年前から言ったら高知は明らかに変わった。5年前から比べてもそうである。


だからこそしつこく(しわく)やることに意義がある。

イケダハヤト氏の影響もあってか、高知への関東からの移住者が増えてきている。


以前では考えられないレベルの意識高い系の移住者が多い。

ただ、それらを活かすプラットホームが全国はおろか高知にすらない。


地方創生の着地点。それが一体、どこにあるのか、は、おそらくどこにおいても議論されていない。


ブームや承認欲求が強い国民性。自らの有名性を獲得するがために地域活性化を暗に利用している者も少なくない。



なぜ、高知が人気の移住先になってきているかと言えば、政治的にも地形的にもオルタナティブだからである。


①戦後資本主義を選択しなかったゆえに残された自然


②左巻き、右寄りのどちらにもくみしない政治的成熟度と思想性、その伝統


③サプライチェーンが強化されればされるほどクローズアップされ爆発力を生む高知の地元野菜原理主義



土佐人は、普通の人が原理主義的であり、保守的である。ただ政治的にはリベラルである。



昔から無数の高知独立国家論があるが、近いところで坂東眞砂子さんのやっちゃれ、やっちゃれ!―独立・土佐黒潮共和国


2010年代になってからは伴武澄氏の土佐人民共和国が新しい。これはもう国旗と仮想国土が出来ている。



リベルランド共和国のような無主地を設定することはできないが、明治国家が強制的に搾取した日本中の森林地。それが法律的に正しかったのかどうかを見直すことも必要。



そして天皇陛下が、一時的に東京に居を構えていることも、法律的に清算すべきである。


これらと現代のブラック企業、国会などの問題を考えた場合、日本は到底、法治国家とは呼べない社会である。




これらすべてを踏まえて地方創生の行き着く先を考えなければならない。その点においてSOMAの取り組みは特筆すべきである。



戦後、工業戦士を養成してきた≪考えさせない教育≫を≪考える教育≫に転換させることは何よりも最優先である。


東京=善、地方=悪。という図式が崩壊してきたのも考える人間が増えた証拠。


サラリーマン=善、それ以外=ニート。という価値観が崩壊してきたのも考える人間が増えた証拠。


考えない人間は、大企業を志向し、東京を夢見る。


既に東京は、バカを引き付ける空っぽな巨大装置でしかない。それを証明するかのように東京の地価が下落するのを防いでいるのがアジア系外国人と高齢者である。この人たちがバカと言っているわけではない。日本の未来を真剣に考えてる人は、もう既に東京には存在できない、という意味である。


なぜなら戦後資本主義を彩ってきた価値観は、”お金持ちになりたい”という欲求と衝動である。それがあまりにも馬鹿げていて、戦前の日本人は少なくともそうではなかった、という事実に気づいた時、東京という2文字は目の前から跡形もなく消えるのである。



教育の改革があり、通貨の革命がある。その次には異なる価値観を認めろの民主的手法の確立が議論され始める。



そして民撰議院設立建白書が出され、国会期成同盟が結成される。



今回は、四国州になり、ヨーロッパのいくつかの地域と独自通貨圏または経済圏を構築するに至る。


それが世界に多大なインパクトを与える。



高知は今、異なる価値観を結集している段階



次に必要なのは、この価値観に名前を付ける行為


アートと音楽の才能が地方に集まる



そもそも芸術が政治的中央集権に支配されているのがおかしい


だからこそ政治批判できない世にも稀な芸能界などという戦後の日本でしかあり得ない陳腐な世界が生まれたのである。



そしてそれを政治的に集約、拡大していくフロー



まだまだ才能が足りない



ヨーロッパのインターネット政党の構成員を高知に続々と移住させるような後藤象二郎のような才能を持った人間が必要である。




土佐町で日本の教育の未来を考え“飲んで”語り合う合宿 開催します!



嶺北で歴史的快挙とも呼べるイベントが開催される。


①グローカルの度合い(外国から直接、講師を招く)

②官との関わり方

③問題提議の質

④ローカルな文化との関わりの度合い


以上、4つの点でこれまでの地方創生、移住、ローカルの価値を超えたものが提示されている。この活動が何であるのか、名前をつけることはできないが、自由民権運動に比肩するものであることは間違いがない。






さて、それともう一点。細木市議がブログに書いている《まちなかプロジェクト》と《自伐林業》に関すること。


《まちなかプロジェクト》に関しては、高知版CCRCやイオンと中央市街地との抗争の歴史も考える必要がある。当ブログでも何度も言及しているように郊外型大型ショッピングモールによる中央市街地の衰退は、中央市街地の再開発で概ね、間違いはないように思える。


ただ、空き地を全てビル群に変えてしまおうとする考え方は馬鹿のひとつ覚えとしか言いようがない。もし、仮にオーテピアの西側敷地に知的エリアを集約するというのなら、はりまや橋周辺の反知性主義エリアへの反省も必要である。


このような一貫性のない都市計画思想では、世界の笑い者になるだけである。それだけ、今や高知県は外国人の有望な旅行先になってきていることも視野にいれなければならない。







次に《自伐林業》に関することだが、林業の担い手がいなくなり、山が荒れている現状から木質バイオマスの原料として山が禿山になるレベルは、いつの時点で転換するのだろうか。この山の最適化に関する『山ポリス』に関することは今後、議論していく価値はある。


また自伐林業家がヤイロチョウのトラストなどとどういう距離感を保って自然を適正に保つ側に回るのかという部分については最後の清流を守ってきた高知の保全意識が問われる事態になるだろうと思われる。

①酒に酔う

②異性に酔う

③自分に酔う

④富・名声に酔う


①の”酒に酔う”が、飲酒運転⇒事故につながらなければ、誰の迷惑にもならない。

②の”異性に酔う”は、つきまとい行為につながらなければ、かわいいもんだ。

③の”自分に酔う”は、誰も相手にしなくなれば、マウンティング行為も自然になくなっていく。

④の”富・名声に酔う”は、非常に大迷惑な話であり、社会にとって害悪な行為である。支配、権威主義、パワハラ、ブラック企業、社畜、etc


日本人にとってネガティブなファクターはまさにこの部分から派生している。法の下の平等の概念を犯しているのだから、警察は常に検問をしなければならない。


まずは、

【一極集中や中央集権】などという法の精神から大きく逸脱した認識をもった人たち


の取り締まりを強化すべきである。


つまり、まず、東京を逮捕すべきである。




それが法治国家としての筋である。


本来、資本主義は、家内制手工業からマニュファクチュアに発展してきたものであり、地域や社会というものが前提に存在し、いかに効率よく分業を行うかに重点が置かれていた。日本においては、この時点で”儲かる”という概念は、一部の商人に限られていて、自分の”技”を使って、分業に寄与・貢献し、その結果返ってきた対価を受け取る、というのが普通の考え方であった。


それが戦後資本主義が増大するにつれて、”儲けるのは当たり前”、”仕事だから仕方がない”、”大人になるということはそういうことだからしょうがない”というような非論理的なロジックを一般の日本人(特にリーマン)は、使用するようになった。


その、”しょうがない”、”仕方がない”という意味の言葉が実は土佐弁にはない



その替わり、”ざっとしたことすな”という土佐人が多用する言葉がある。



”適当なことをしないように”というような意味で説明されるが



土佐人自体が適当でおおざっぱであるにも関わらず、適当なことをするな、というワードを強調はできないはずである。



”ざっとしたことすな”の心性を分解していくと、地域社会を前提とし、ひとりだけ儲かったり、誰かを出し抜いて先んじたり、順番を守らなかったりするなどの行為に対して、拒否反応を示すことがわかる。



つまり、土佐弁が赦している資本主義経済発展の最高形態は家内制手工業であり、



江戸時代末期まで土佐藩が雄藩だった理由は、土佐弁にとっての資本主義最高形態がそこであったからなのである。



従って、高知県が戦後の経済発展に遅れた、という見方は誤りであることに気付く。遅れたのではなく、あえて選択しなかった、土佐弁自体がそれを選択させなかったということなのである。


高知県人が”進取の気質に富む”というのは、高知県の歴史年鑑にも公式に記載されている性格である。


安田町の野村茂久馬が戦後の早い段階でフォードと提携しようとしていたり、高知自工のトクサンという3輪大型トラックが関係者から垂涎の的であったりとマニュファクチュアの前哨部分までは土佐弁によって赦された土佐資本主義はよく機能していたのである。




”高知家”というのは、そのような発想から出てきたものであり、高知県民がそれを追認しているのは、大方、土佐弁の意識から乖離していないから、多くの土佐人はそれを批判しないのである。



逆に言えば、神話の時代から全く県境が変わっていなくて、その最終形態が土佐藩であり、国家として統一されたけれども、なぜか戦後資本主義(および工場制機械工業)も潜在的には受け入れてないのであるから、日本が戦後資本主義を乗り越えようとする時、土佐弁の精神を理解し、江戸の持続可能な社会を再生しようとするのは理に適った行為ということになる。





別の視点からも見てみよう。


台風や地震が来て高知がなくなったらどうする?という質問を土佐人にすると


”来たら来た時のことよ!”


という答えがだいたい返ってくる。



これはかなり適当である。準備をするとか備えをするとかの感覚がないことがよくわかる。



しょうがない、仕方がない、と受け入れるのではなく、明日のことなんか知るかよ、今日の酒がうまかったらそれでえい。というような精神がありありと出ている。アリとキリギリスで言えば完全にキリギリスではないか。高知家総キリギリスなのである。



ただ、本来、日本人全体としてもそういう傾向が強かったにも関わらず、”コツコツ”や”一生懸命”という新しい価値で日本人を統制しようとした薩摩や長州の狙いは一体どこにあるのだろうか?


土佐は常にオルタナティブであり、古い日本人のタイプである。



長宗我部元親は織田信長と提携をし、信長が目指した帝国主義ではなく連邦制を目指したし


江戸末期においても薩摩や長州が目指した大日本帝国ではなく、植木枝盛の思想にも代表されるように連邦制を志向し、自由民権運動を展開したし


戦後においても帝国支配主義的なグローバリズムではなく連邦制的資本主義を目指したとも言える。ただ、長宗我部元親や坂本龍馬が時のメインストリームと対決したような構図は、今の土佐には薄い。


しかしながら、歴史を俯瞰すれば過去、何度もそうであったように、グローバル資本主義と対決する思想がこの高知から産まれ、それがまた連邦制を志向するのは、歴史的必然でもある。



その連邦制が過去に一度だけ成功したことがある。それが邪馬台国である。土佐人は当然、そこに戻ろうとするし、周辺地域の古い人たちもそれを感性で理解できないわけではない。しかし、それはあまりにも古く、歴史的にも証明されていない。



しかし、この仮説は、いつの時代も真実味を帯びる。



では、なぜ流刑の地とされた辺境の地、土佐から国を揺るがす思想が生まれてくるのか?


中央から土佐に要人が流されてきたからだ。という仮説にはうんざりである。前回の一言主の例にも掲げた通り、それはあまりにも非論理的過ぎて馬鹿げている。




船が主要な交通手段であった時代、南に向かって広く広がっている”九十九洋(つくもなだ)”と呼ばれた土佐湾を眼前に持つ土佐が【帆船時代の首都】であったことは、小学生でも容易に想像がつく。その容易な想像ができないほど、日本人のIQは落ちるところまで落ちているのである。




先日、長野県に行った時に、武田勝頼が土佐に落ち延びたという話をしたら、普通に知っていた。もはやオフィシャルになりつつあるのだろうか。こちらが驚いた。


460年(雄略天皇4年)天皇 < 一言主   (古事記説)    712年成立
             天皇 = 一言主   (日本書紀説)720年成立
             天皇  >一言主   (続日本紀説)797年成立 ≪一言主流刑説勃発≫


上記のように712年以前は一言主が天皇よりも権威を持っていた。


675年 土佐大神(土佐高賀茂大社) 神刀一口 天武天皇に献上

686年 秦石勝が天武天皇の病気平癒を祈願
     

710年に都が平城京に遷都した時、一言主は遷都した元明天皇自身よりも
間接的に権威を持っても良いという存在であったのである。


土左大神=一言主とするのは、まだ議論が必要だが、少なくとも当時の土佐高賀茂大社に
天皇の権威を超越する神が存在したという点において一言主神を便宜的に使用する。



797年の続日本紀において初めて一言主神の流刑が言及された背景に、天皇が一言主よりも権威を持つようになったというパワーバランスの変化があったことは疑いようがない。


現在の土佐神社の祭神は、土佐風土記逸文にもよるもので、少なくとも古事記成立時の712年
あるいは、元明天皇が風土記編纂の命を713年に出したとしても、その当時の時点で


一言主は土佐の土着の神であり、天皇よりも権威を持っていたということは
100%、公然の事実であったのである。


そして
オオナムチ - アジスキタカヒコネ(迦毛大御神)
        シナネ神
        一言主
        土左大神   -    天河命 - 浄川姫
                    葛木男 - 葛木


一言主は賀茂氏の祖神であり、アジスキは迦毛大御神という

大御神は天照と迦毛の2神だけであり
天皇よりも権威を持つというのは自然の理ということができるだろう。



都佐国造が祀る神に、後に賀茂氏が大和から流れてきて一言主神等の神格を与えただろうという説が一般的だが、そうであれば天武天皇が神刀一口を土左大神から受け取る以前に賀茂の本体が大和から土佐に遷り土着したという記述が古事記になければいけない。


以前にも書いたが、レガリアの本体(神刀の魂)が、大和の葛木山に存在するならば、天武天皇は都から近い大和葛城山からレガリアを受け取れば良いのではないか?


それに対する一般的な答えは、”いや、一言主は土佐に配流されたから”である。



しかし、古事記が編纂された元明天皇の時代には



一言主配流説は存在せず



土佐国風土記に


土左の高賀茂の大社あり、其の神のみ名を一言主尊と為す。
土佐の高賀茂大社に一言主尊



と書かれているのである。



風土記に記すべき内容として下記の五つが挙げられている。
  1. 郡郷の名(好字を用いて)
  2. 産物
  3. 土地の肥沃の状態
  4. 地名の起源
  5. 伝えられている旧聞異事

だとするならば、風土記が編纂される時点で
大和から賀茂氏が土佐に移住し一言主を祀ったのであれば
そのことを記載しなければ風土記の意味がないはずである。


しかも、天皇よりも権威を持つ迦毛大御神について
土佐に一言主あり(いにしえ大和葛城山からうつりし)
などという中途半端なことが許されるはずがない。


大和葛城山から移ってきたのであればその経緯を記載しなければならない。


それがないというのであれば一言主は土佐土着の神であるという結論にしか達さない。


風土記は散逸しているから、その部分は喪失しているというのであれば
天武天皇は大和葛城山から賀茂のレガリアをもらえばよかったはずである。



シナトベが女神であるから、シナネは風の男神ということになる。

龍田大社においては天御柱がシナツヒコ
伊勢神宮に至っては『神風』を吹かせた風日折宮



アジスキも一言主もシナツヒコも”口”をキーワードにひとつにつながっている。


つまり、これらはギリシャ哲学でいうところのプネウマ【存在の原理】を意味している。

英語ではスピリット、インドではプラーナである。


賀茂氏は海神族であるから風の神(シナネ、シナツヒコ)を祀るのは当然であろうし

一言(風)が、善事も悪事も一切吹き飛ばすというのは真実である。
台風は善でも悪でもない。あるいは善であり悪でもある。
台風銀座の土佐が一言主の出元であるというのは地形的必然である。

アジスキタカヒコネが高天原からの息とするならば
滋賀県の彦根と伊吹山の関係もそういう意味で捉えなおす必要があるだろう。


地震や噴火を神の御業としていたならば、台風も神の息と捉えていただろうことは自然の帰結。



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