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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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幸せの言の葉〈303〉(老舗日本酒蔵元「司牡丹」社長が語る裏バナシblog 「口は幸せのもと!」)

司牡丹の社長さんが書かれゆうブログがありまして、その中に素晴らしい記事がUPされちょりました。


自分もぎっちりアンチテーゼ、アンチテーゼいうて言いゆうけんど、これは最終的にジンテーゼを引き出すためにやりよります。

  ●参考→真の民主主義精神はアンチテーゼの中にこそ存在する (過去記事)

高知県は今でもほぼ行政主導による(最近は少し和らいできた気もするけんど)大政翼賛体制が敷かれており、これが言わば(正)テーゼであるわけです。

それに対して、市民という(反)アンチテーゼをほりこむことによって、最終的に(合)ジンテーゼを導き出すというのが、自分のイメージです。

市民活動が(正)テーゼになることは、ほぼないでしょう。パリコミューンにおいても、徐々に共和制に移行していって権力が増していったき、権力というのは否定することはできんがです。(権力を完全否定するががアナキスト「無政府主義者」ですね)


しかし、それを監視・コントロールしていくアンチテーゼとしての市民の力が必要であり、それは常に権力と対立しちょかんといかんがです。

その2つの勢力が牽制し合う(拮抗し合う)ことによって社会は健全に保たれるわけで、どちらか一方にこけることによって社会は不健全化します。現在の社会は(正)テーゼが強大すぎるき、アンチテーゼの力を取り戻さないかん時期。


このアンチテーゼの力が強くなって、テーゼの力と拮抗した時に初めてジンテーゼが生まれるがです。(あるいは、アンチテーゼがテーゼを飲み込んでジンテーゼになる場合もある。これを一般的に革命というふうに呼びます)

これが実は土人党の根底にあります。なぜなら、この正・反・合は古代大和王権の根本思想でもあって土佐の伝統でもあるきです。


高知に広範囲に勢力を張った秦氏は、3本鳥居を建てたり3本足のヤタガラスを信仰しちょったことで有名です。しかも土木氏族で酒を好む氏族。実はこの伝統というがはものすごく土佐に残されちゅうがです。

これこそ弥生時代後期の邪馬台国時代のものながですけんど、幕末土佐においても自由主義と尊皇主義が微妙な矛盾した関係でお互いを刺激しながら進んでいったがです。弥生時代の認識が幕末にも甦ったがやき、今でもないわけがない、やき、土佐は生きている(過去記事)ということながです。


このテーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼの弁証法を生み出したヘーゲルは、イマヌエル・カント『ウィキペディア(Wikipedia)』の批判哲学を批判する形で自らの哲学を打ち立てたわけやけんど、このヘーゲルの哲学こそ、古代日本のものと近いもんがあった。


地球交響曲『ウィキペディア(Wikipedia)』という映画(確か第2番のダライ・ラマの項やったと思うけんど、見たのが、もう10年くらい前の話やき、忘れてしもうたけんど)で、チベットの話題があるがやけんど、ちょうど上のような話が出てくる。右足と左足という矛盾したもんが、どういて人間にはついちゅうがな?みたいな。

ほんで、チベットでは右手と左手という矛盾したものを叩くことによって音を出す行為が神聖視されちょって、これこそまさに日本における拍手(かしわで)の起源でもあり、神社に行って手を打つがは、右手(テーゼ)と左手(アンチテーゼ)から音というジンテーゼを鳴らすという古代の深い深い哲学的認識ながです。


これが土佐で始まったわけながやけんど、なぜ土佐かというたら、四国は四方を海に囲まれて、東部に剣山というテーゼ、西部に石鎚山というアンチテーゼがある。ほんで古代はこの2つのテーゼから流れ出る川が浦戸湾に流れ込みよったがよね。(仁淀川は鏡川に合流し、物部川は国分川に合流しちょって、その合流地点は巨大なデルタ地帯やったわけです)

そう。

その2つのテーゼが重なる浦戸湾でジンテーゼという音が鳴らされていたということながです。音を鳴らす前には、剣山と石鎚山の水が融合した浦戸の水で手を清める(手水の起源)、ほんで音を鳴らして融合する。この祭礼の総合が神社神道でもあるがよ。鰹木などの神社建築、南方にしかない榊などの祭礼道具、そして宗教認識の根本原理、それらすべての起源を説明できる地形と風習が土佐にはあるがです。


やき、十市池にはイザナギの禊伝承があって、浦戸湾の周りにその子供を祀る神社が散在しちゅうがよね。


南に羽根を広げてテーゼとアンチテーゼ、そしてそれが中央で融合する、こんな神聖な地形は日本はおろか世界中探しても見つかりません。この神聖な地形を巡って古代の土佐でかなり大きな戦争と文明の融合があったがは容易に察しがつきます。日出ずる国というがはこのような土佐の地形と祭礼儀礼に端を発しちゅうがです。

テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼは父・母・子の三位一体でもあって、古代日本ではジンテーゼは子供に重ねられました。高知のフラフ(Web高知)は、その記憶の再生でもある。石鎚山のすぐ隣の瓶ヶ森の男山・女山・子持ち権現山はこの信仰の名残で平安時代初期まで強烈に信仰されました。今でも巨大な行場が残っちゅうみたいですね。

そういう流れがあって国常立というジンテーゼが出来て、土佐邪馬台国というあらゆる民族が大同団結したクニができたがですね。

  ●参考→弥生時代のキリスト原理(過去記事)
      上記記事にも言及しちゅうように北九州を素通りして
      土佐に最新の大陸文化が流入してきた理由は
      このように土佐の地形に遡及することができるがです。


やき、土佐弁は高知県下のあらゆる方言を統合するような形で完成されちゅうがですね。

  ●参考→日本語の発祥は土佐弁(過去記事)

ほんでこの時に戴きに据えられたがが女王という天子であり、それを支持したがは、そこに集まった自由市民やったき、結果的に土佐人の中に自由主義と尊皇主義が今でも生き続けゆうということながよ。それが魏志に記載される女王卑弥呼の共立という文言につながってくるがです。


*****引用始め*****(邪馬台国の会より)
『倭の地は温暖で、冬も夏も・生(野)菜を食する。
(倭国は)真珠・青玉を(産)出する。その山には、丹(あかつち)がある。
・薑(しょうが)・橘(たちばな。または、こみかん)
・椒(さんしょう)・みょうががある。
父子や男女による (区)別がない。
人の性(情)は、酒をたしなむ。
盗窃(ぬすみ)せず、諍訟(うったえごと)はすくない。』
*****引用終り*****(邪馬台国の会より)


邪馬台国という国にこだわるつもりはないけんど、魏志倭人伝に記述された弥生時代後期に力を持った倭国の植生・風土・食文化は今でも土佐の伝統。他地域では薄れていって土佐にだけ残っちゅうというがは、当時、土佐が倭国の中心地やったということの傍証でもあるがよ。


ほんで、この三位一体思想を現代の国際関係に照らし合わせて解決しようとするのが、【中・日・米の三位一体基軸】(過去記事)でもあるがです。アメリカを剣山、中国を石鎚山と見立て、日本が浦戸湾となってジンテーゼとなっていくというモデルです。この思想の中にこそ土佐人が伸び伸びと生きられる世界があるがやないかと思います。

欧米の新自由主義路線、それ対するアジアというアンチテーゼ(新自由主義には必ず被害者がおる、それがアジアというアンチテーゼ)それを統合する第三の道こそ、日本の取るべき道であり(これは過去、大東亜共栄圏とも呼ばれた、しかし、これからはアジアと欧米をつなげる共栄圏を日本がリードしていく義務がある)世界を融合させるジンテーゼの道でもあると思うがです。

土佐独立、もしくは四国独立はそれを実現するために為されればえいと思います。それが土佐の、四国(倭国=和国=大和)の根本原理ながやき。


ここまで言わせてもろうたら、かなりのレベルまで説明できたき、うれしい限りですね。

土佐人は誰かの真似をせんでも、自分の魂を遡っていったら、ものすごい哲学的世界にある時ふっと、抜けます。そういう世界を共有できたら、こじゃんと楽しいと思います。


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アメリカのキリスト原理主義の影響で
ネガティブなポジティブ思考が急速に日本に広まりゆう。

成功哲学なんかもこのひとつ。

他人の成功譚を聞いたり読んだりして
実践するらしい。
なんとも奇妙な人たち。

しっかりと自分の哲学を養うていくことこそが
人生の成功者だろうに。


ネガティブなポジティブ思考とは
よく調べてみると
ネガティブなことを言わんことが
ポジティブであるということらしい(笑)

ということは、こういう方々は
国が戦争状態に突入しようとする時も
国に対してネガティブなことを言わんということになる(笑)

それってほんまにポジティブ?(笑)

全然、逆やろう?

こういう人たちが日本を戦争へと導いたがです。

だめなもんをだめと言えん国民性。
戦中からほとんど変わってない。

政府が非国民とするものは
ポジティブシンキングとやらで
皆で非国民攻撃。

赤紙が来たら
ポジティブシンキングとやらで
お国の為に死んできます。

アホなんじゃないでしょうか?

ポジティブシンキングとは
こういう国家権力の脅威から
(あるいは他国の脅威)
自分の家族や地域を守るために
権力に対抗しうるネットワークと表現手段を携え
常に批判精神を持つということ。


こんなことは少しでも歴史を勉強したら
わかりそうなもんやけど
ネガティブなポジティブ思考は広がりゆうらしい。


はっきり言うてこれは精神病に近い。

何か自分の中で怖れがあるき
えいことだけを言うてくれる人間の中だけに
閉じこもりたいと思うがやろう。

なんとかせんといかんね!

こういう精神病が蔓延してきたら
表現の自由とか民主主義とか
人間の根本的な権利が蹂躙される怖れさえ出てくる。

平成の自由民権どころじゃなくなるちや。

たいそいにゃ、こりゃ。


社会は家庭じゃないがやき
厳しいことを言う人間もおるやろ?

家庭の雰囲気を社会に持ち込もうとするがは完璧、甘えやね。

子供時代に癒されてない過去がある。
それを癒してから社会に出る必要があるやろう。

何事にも原因と結果がある。

高知が衰退しちゅうという”結果”には
もちろん”原因”がある。

この原因を追究することなしで
あるいは目をそらしたままで
勢いだけで高知を盛り上げていこうとしても無益。

それはまるで戦前の精神論の世界。
そういう精神論は体制翼賛とつながる。

本気で高知を変えたかったら
高知の何が悪いがか?
どこをどう変えたら良くなるがか?
何をすれば変わっていけるがか?

などのビジョンなり思想なりがないと
全ては海の藻屑となるやろう。

自分が色々と調べた結果、わかったのは
誰がえいとか誰が悪いとかっていう前に
高知はまず社会の構造的な問題があって
その問題によって、ある種カルト的な社会通念が醸成されちゅう。

正しいことを言いゆう人間が攻撃されて
気持ちのえいことを言うてくれる人間が人気を博す。

これははっきり言うて、グルと信者の関係。

しっかりと論理的な社会構築を図っていかんと
これからは無理。

勢いだけで国から予算を取ってもだめ。

勢いだけで観光政策をやってもだめ。

勢いだけで再開発をやってもだめ。


何がいかんのか?をしっかりと考える。

それが自分たちにとって不本意なことでも
子供らあにとってはえいこと。

ただ自分らあが気持ちよくなるために
高知の将来を失うてもえいがか?

5年後、10年後を考えられてない人間に
自分の力を与えるべきやない。

しっかりと構想を持った人に力を貸してやるべき。

怖れず、ビビらず、卑屈にならず!


ということでけんちゃんの物産公社構想
室戸市佐喜浜の山村風景


他の人も構想があるがやったらWebにUPして欲しい。

県外の人間にわからん。

特に土佐経済同友会などは
なんかこそこそしゆうみたいなけんど
彼らこそ県に影響力を持っちゅうがやき
ソースを全てオープンにすべき。

ヤルタ会談ではあるまいし。

オープンでないものは社会とは言わない。
全てオカルト。


こういうのが高知の構造的な問題。



2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会

詳しくはコチラ
個人金融資産1,400兆円(日本銀行より)

高知県人は不況やき景気が悪いと思うちゅうけんど
日本全体としては個人金融資産は世界第二位で
しかも年々増えてます。

これは何を意味しちゅうかというと
富の再分配機能が壊れちゅうということと
政治はもはや弱者の味方ではないということ
しかしながら頑張れば富を引き寄せることができるという
3つのことを意味しよります。


最近はワーキングプアとか非正規雇用とか言われゆうけんど
資産家のふところはどんどん膨らんでいきゆうがです。

その富の分布はやっぱり年功序列ということでしょう。

高知県としての資産はたった2兆円ほどです。

700分の一ですね(笑)

日本の個人金融資産を考えれば
GDPを2倍に引き上げることは決して不可能ではないと思います。

そういうところにもっと注目して
観光政策・都市計画・文化醸成をしていきましょう。



士農工商と言えば差別的な制度として
近年は認識されてきましたが
近頃の商業主の節度のない商業活動を見ていると
士農工商はなんて正しい制度なのかと思う。

倫理観のある侍を社会の上層部に据えて
農業主をその下に置く。

まさに正しい社会のあり方ではないやろうか。

今は商商工農のような社会。
商が倫理観を失って自分の利益のためだけに暴走する時代。

農業がそれに押されて自給率が40%をきる始末。

松下幸之助がいた時代は商業にも倫理がありましたが
1990年代以降は倫理はなくなりました。

平成の小粒商売人がいくら口で倫理を唱えてみても
マネジメントの中身は新自由主義。
ちゃんちゃらおかしいですね。

高知はこういう社会に喝をいれるべく
いち早く士農工商の復活を掲げる必要があるのではないかと思います。

士というのはむろん侍ですが
侍というのは弱者のことをまず考える職業です。

そういう人こそ県庁に迎えるべき。

学歴が高くても弱者にシンパシーを感じない人間など
県庁にいるべきではない。
尾崎知事はこういう価値に基づいて人材の再編成を行うべき。

まあ無理か(笑)


農は農林水産業。
これが最も高知にとっては大事。
士の志に基づいてあらゆる農が再編成されなければならない。

工はよくわからん。
誰か他の人がやって。

商、これは最も卑しむべきもの。
士を伴った商なら、まだ許されるが
士を伴わない商は害毒以外のなにものでもない。

県や市へ県民の利益ではなく自らの利益のためだけに
ロビー活動をしたり、モールを導入しようとしたり
司馬史観に洗脳された経済家の連中が龍馬宗教を強要してみたり
全て土佐の国益を損ねる大罪。

これらを卑しむ風潮を醸成していかなければならんやろう。

大きい金を動かして鼻息が荒いおっさんよりも
山奥で質素に暮らしゆうおばあちゃんのほうがずっとえらい。

小人が支配者層に居座る社会やのうて
ほんまにえらい人が上層におる社会にならんといかん。

心の汚い人間は江の口川に住まわせる。
ヘドロはヘドロとともにあれ作戦。

土佐藩は士農工商とともにあるべき。


豪華絢爛で札束が流れてきゆう汚い川よりも
質素でもきれいな川のほうがえい。


アイデンティティーの崩壊があるということは前回
アイデンティティー崩壊と経済失速
で書いたがやけんど

さらに言うと

その崩壊したメンタリティーの空白地帯に戦後
司馬史観が注入された。

自分たちで郷土史を突き詰めることができんかったき
龍馬の価値を高めて高知を一躍有名にした司馬史観を
高知県人が喜んで輸入した。

司馬さんを各地に案内して名誉高知県人みたいな称号も
与えたとか与えんかったとか。

高知龍馬空港は、その結果生まれた。

この精神病は今でも続いちゅう。


自らの歴史を知ろうとせんことによって
他人が提供する価値にのらされるがは戦後に始まったことやない。

戦中でも県外人が作る統制社会にのりきってしもうた。
自由民権後に土佐人の知性が一気に閉じていったということ。


それは一体何によってもたらされたか?


司馬史観だけやない。

尾崎知事が持って来ようとしちゅう新自由主義も
県庁が必死で実行する都市計画も高知で生まれた知性じゃあない。


それをただ単に持ってくるがは高知県人のクセになったがやと思う。


自分たちのことを知ろうとせんき、他の価値を持ってきて
その価値に自己投影する。

これは明らかに精神的な病としか言いようがない。


若い人は司馬史観に陶酔してない。
本を読まんことが功を奏したか?


司馬史観だけに陶酔することは危険。
それこそ一神教。

司馬史観はひとつの価値として参考にするに留めておくのが正常な脳みそ。

それだけに陶酔するがはカルト宗教と構造はなんも変わらん。
そういうカルトに陶酔するメンタリティーを持った人間たちが
高知の経済界の一部を支配しちゅう。

うまくいくわけがない。
ショッピングモールによる中心地再生計画はそのメンタリティーの集大成。

自分たちの価値を知りオリジナリティーを発揮していくというのなら
伝統こそアイデンティティー。

伝統を破壊しショッピングモールをやみくもに建てたら
アイデンティティーを感じる機会が失われて
司馬史観にも陶酔できん子供らあは荒れる、キレル、犯罪を犯す。

警察の手間が増える、県の財政がさらに苦しくなる。
ほんで活性化策で伝統を破壊する。

文明のデフレスパイラルが完成する。



この事実を深く認識して
これからどうするかを話し合いたい。

どういうドグマを仕入れるかやのうて
どれだけドグマにとらわれんか

そういうことを意識して都市計画を行いたい。



文化都市になるために乗り越えんといかん壁が
こじゃんとある。


まずはメンタルか?


経済失速とアイデンティティー崩壊は密接に関係しちゅうがやないかと思う。

アイデンティティーが崩壊するということは
自分の住む土地を守ろうという意識が薄れていくことを意味する。


アイデンティティーというのは自分の歴史を知ることによって

確立されるもんやと思う。

しかし、高知は自分の県の歴史を知り
アイデンティティーを確立していこうという教育は施してこんかった。

郷土への愛はありながら、それを経済成長へ結びつけることができんかったがよ。

これからは、高知学を確立し高知県人が自分探しをせんでもえいように
郷土史の教育を子供らあに施していかないかんと思う。


それをしていったら、漠然と東京に憧れるような若者は生まれてこんはず。


全て教育の失敗。

高知の経済のファンダメンタルズがめちゃくちゃ弱いのは

こういうところに原因がある。


高知の経済が脆弱ながは、ハゲタカが進出してきたせいもある。


でも、もっと根本的な原因を洞察してみたら

そういうハゲタカを利用できんかった経済に対する

認知の低さは過去の教育に原因を求めることができる。


子供を野放しにして、都会に行きっぱなしにさせるがやなくて

才能ある子供らあが才能を発揮できる場と戦略を与えるのが大人の役目。


高知の経済失速はずっと前から決まっちょった。

まずメンタルを再構築していかんと経済は再構築されん。


これは先日やっしーさんとも話をした時に浮上してきた
高知の構造的な問題ながですけど

とにかく高知は情報が少ないということ。

この情報の少なさは高知におったらなかなか気づかん。

外に出てみて初めてわかる。

でもこれは高知から外に出たい人の動機にもなる。


これはどういうことかと言うたら

高知には何かを突き詰めるだけの情報と環境が整えてられてないということ。

地方というのはだいだいそうかもしれん。

でもそれに甘んじたら、これからも田舎は田舎のままになる。


自分は本が好きやったき、その視点で言うと

本があるようでない。

本屋はそこそこあるような感じもするが

置いちゅう本が一般的過ぎる。


東京では目が覚めるような思いを何度もした。

高知の図書館の本を擬人化したら

言いよったことは

”そこそこやったらえいわや”、ということ。

それは高知の風土やろ(笑)

”ゆっくり走ろう高知県”の悪い面やね。

自分もゆっくり走るのは賛成やけど

なんとか情報格差だけは失くしたい。


それはインスピレーションの格差につながっちゅうと思うし

ということは知性の格差にもつながっちゅうと思う。

さらに言うと、それはその結果、経済格差にもつながっちゅうと思う。


知識量で負けたら戦略で負けんかったとしても戦術で絶対負ける。


やき、高知県は道路を整備するよりも本をもっと充満させるような政策を

選択したほうが経済効果が上がるがやないかと思う。


税金はそういうところに使うてもらいたい。


東京で起こったムーブメントが高知には何年も遅れて来ると言われる。

そんなばかなことが起こらんように

高知からムーブメントを発信できるように

情報量で負けたらいかんと思う。


情報量を増大させるがは高知のGDPを上げることよりも

はるかに簡単なことやと思う。


本を増やしてもえいし、インターネットを活用するっていうのもありか。

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