忍者ブログ
《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

例えば、

昔、高知の友達が久しぶりに東京から高知に帰って『高知やな~』って思った、っていう出来事。

それは、バスが時間通りに来ない。出発時間になっても行こうとしない。のんきにバスの運転手が笑ってるetc

このゆるさが高知のローカリズムなんですが、これはどこの地方にもありますよね。だけど、高知の場合は、イコジが多いので自らの自由を守ろうとします。それで『自由と平等』が発達しました。

西洋は、戦争の歴史から『自由と平等』が発達しましたが、高知は『やりたくないことはやりたくない』という一見、自分勝手なきわめて横柄な自己主張から『自由と平等』が発達しました。

なぜ、高知が資本主義的経済発展から遅れているのかと言えば、この高知の『自由と平等』が西洋の『プロテスタンティズムと資本主義の精神』から極端にに逸脱しているからです。

高知以外の地域は、既にこのアメリカ型資本主義に侵蝕されました。しかし、高知にその毒牙がやってきても完全に飲み込まれないのは、土佐南学という巨大精神があるからです。これは陽明学をもとに革命されましたが、元は大和が生まれるきっかけになった大同団結の誓約(うけい)の精神です。これはほぼ、”よさこい”と”おきゃく”にしみわたっています。


以前にも書きましたが、”よさこい”は大和建国の大同団結の精神でいうところの(動)の部分で、”おきゃく”は、その(静)の部分を占めます。



本題に入りますが、冒頭の高知の古きよきローカリズムが今、なくなりかけています?アメリカ型資本主義によって、スタンダードを下々の社員まで押し付けようとする手法が浸透してきています。


高知では産業が発達しません。それは土佐南学、あるいは大和建国の精神が残っているからです。これをまともな資本主義精神に変えるためには、グローバライズするのではなく、グローカライズしなければなりません。


つまり、



会社をグローバライズするということは、会社の方針を全社員に押し付けること


会社をローカライズするということは、会社の方針を全社員に捨てさせて、社内ベンチャーだけで会社を運営していくということ



まあ後者は経営という視点で見れば、不可能なので


会社をグローカライズするということについて。


これは、会社の方針を決めて、その下に自由戦士をたむろさせるというやり方です。

それが、このブログで結構前から書いている、小さな県庁+社会起業家群という構成です。


戦国時代には長宗我部元親が、やはりこれで成功しています。

織田信長が、傭兵で領土を拡大していた時、元親は全く信長とは正反対の一領具足という半農半兵で四国を統一しました。元親の一領具足会議では、1農民が会議で発言をしていたという記録も残っているようです。戦国時代という時代においても土佐が異様に民主的な社会であったことがわかります。自由民権運動によって高知の近代的自由が盛り上がったわけではないのです。


明智が本能寺で信長をやったのは、この元親と信長の組織運営の決定的な思想の違いの狭間で悩み、最終的に元親の思想が日本を統一するにふさわしいと選択した結果です。上杉に送った書簡にはその旨書かれていたはずです。結局、武力では天下を統一することはできないと。武田征伐で土佐に逃げた勝頼も、長宗我部・香宗我部もろともやられてしまえば、武田再興の目もなくなると。



高知が経済発展するたったひとつの手法は、少しの方針を決めて、あとは自由にやらせる、ということです。ここで大和が建国されたのだから、ほっとけば国はできていきます。逆に言えば、ここで高知から経済のニューウェーブが起きなければ、日本は終わりですし、世界も終わりでしょう。グローバリズムの時代はもう終わったのです。ISは完全にグローカライズされた組織です。


かつて、ローマが欧州全域を支配下に置くまでは、ケルト人が全盛を極めていました。彼らは、民族や宗教意識は異なっていましたが、ケルト文化という同じ文化を共有して巨大文化圏を形成していました。古代大和もそうです。それは完全にグローカライズされた文化共同体です。



冒頭の話に戻せば、バスが時間通りに来ないので事務所に電話したら

『ちょっとばあー遅れたち、かまん、かまん』となったら、県外の人は和むはずがないですよね。事務所はきちっと時間を守り、運転手はゆるゆる、というのが高知らしいのです。そのラインを皆がきっちりと認識する。それが一番大事なのではないでしょうか。


会社の方針はキツキツ、でも社員はユルユル。でもなんかうもういっちゅう。


これは自由民権運動でも同じでしょう。高い理想を掲げて集まるのはえいけど、実際に来た人は、酒が飲みたい人だけやったけんど、なんか雰囲気にのまれてなんちゃあ考えんずくやっれーやれーってなったみたいな


そもそも国ができる時に、トップダウンなんていうのはありえないですから、自由民権が興ったところが建国精神が根付いているところ

PR
新自由主義(ネオリベラリズム)から
真自由主義(trueツルーリベラリズム)へ
移行させる必要がある。


新自由主義とはご存知の通り
世界中の格差を生み出す元になっている
アメリカ型の思想です。

無知蒙昧な市場原理主義をドグマの核としちょります。

市場で発生することは
全て市場によって調整されるべきやと考える思想です。
この結果、富むものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくなります。

この思想の最も害毒な部分は
政治を市場配下に置いてしまうことです。

本来、政治とは市場の上位に位置し
市場で調整が取れなかったものに対して
法や政策を駆使して公平さを保つものです。

やけど、新自由主義における政治は
市場で富んだものが政治を買収し
富んだものに有利になる政策が選択され
最終的には立法府も汚染されます。

強いものが勝ち、強いものが政治と国家を
コントロールすべきだという考えが蔓延します。

思想のデフレスパイラルです。
害毒以外のなにものでもありません。

新興宗教よりもこしゃんちひどい!
でも表面はいかにも正しい経済学かのような
涼しい顔をしちゅう。
完璧、てんくろうやね。

この新自由主義の前には
如何なる本質論も通用しません。

政治はどうあるべきか?
国家はどうあるべきか?など


我先にと我田引水をした輩が
富を蓄積し続けるがです。

明らかにここには法の力が働いちゃーせんことがわかります。

政治とは社会的弱者を守るためのものであり
法とは国家が政治(倫理)に力を与えるものです。


こんな思想テロに対抗するために
真自由主義を唱えんといけません。

ひとつひとつのテーゼに対して本質論を展開する。
そこに法の力を宿らせるがです。

これこそが法の精神であり
議会制民主主義の出発点でもあるがです。


新しいことを別にする必要はなく
社会の上層部で一般大衆を吸い尽くしてきた
寄生虫を罰するだけでえいがです。

この洗脳の発信地はどこやろうねぇ?

お~あった、あった。

ふむふむ、LTCMか

その後ジョージ・ソロスが絡んで
アジア通貨危機ね

IMFの似非融資で傷口広がる、か

ヘッジファンドが国家よりも強くなるならば
国家はヘッジファンドに取って替わられるだろう。

予言通りじゃいか!

こいつらの妄想をなんとかせんといかん。

軍事的強さが国家を超えたらいかんように
経済的強さも国家を超えたらいかん。

両者は国家を超えるクーデターとして
同じレベルで捉えられるべき。

アメリカに起こっちゅうことは
経済力を妄信する人たちの
経済クーデターながです。

本質的にはミャンマーと、さほど変わりがない。

情報操作、偽プロパガンダはお手のもの。
なぜなら経済力こそ正義やき!


これは島本さんとの間でも話し合ったことながやけんど

おそらく自分たちが戦いゆうのは個人主義文化やと思う。

市場原理主義というのは、この個人主義文化と表裏一体で
キリスト教が伝道と植民地化をセットで持ってきたのと同じ原理ながよ。

市場原理主義というのは、西洋史と密接に関係があるき
もろキリスト的ながよ。

やき、イスラム圏では力を持たん。

市場原理に対抗するのは人と人とのネットワークゆうわけながよ。
それがイスラムではイスラム教という宗教なが。

でも、高知とか沖縄にはこの市場原理主義と個人主義に対抗する文化があるがよね。

宗教がないのに不思議。
そういう宗教的な土壌がある。今でも生き続けちゅう。

それが古神道的な”命の思想”であり
おきゃくであり、よさこいであり
土佐邪馬台国の合議制・共立の思想ながよね。

そこから自由民権が生まれてきた。

これはほぼ間違いがないとは思うちゅうけんど
個人主義文化を撃破できるのは高知か沖縄しかないと思う。

神と人間を切り離して、人間と人間を切り離した時から
既に市場原理主義とか個人主義、植民地主義は始まちょった。

それを高知は共生・協調・和の思想で、元の世界に戻さんといかん。
奈良にその大役ができるものならやってもらいたい。

この結果によって国常立がどこで生まれたかがはっきりするやろうと思う。

もう時間の問題。


子供が未熟ながは個人の責任

年寄りに手間がかかるがも個人の責任

子供・年寄りを切り捨てて未だに党の利だけを優先しゆうのは一体誰でしょうか?
アメリカの自分勝手な石油利権獲得のために
派金・派兵を惜しげもなく披露したのは一体誰でしょうか?
明らかに個人主義文化の害毒です。

偽装もそう、エロ警官も無能警官もそう。

全て社会に対する連帯感が失われたのが原因。

それは個人主義文化の浸透とともに悪化の一途を辿りゆう。

防犯カメラを増やしたり、少年法を厳罰化したり
アメリカ人みたいな小手先のこざかしいメソッドを使っても無駄。

原因は西洋史そのもの。

悪いところを取り入れる必要なんかないと思う。

えいとこだけ取り入れたらえいがよ。

一番重要なことは複数の選択肢を与えることやと思う。

自分が表現する選択肢が正しいか間違いかということより

この世に唯一、間違いがあるとしたら

選択肢がひとつしかないことこそが間違いやと思う。


十人十色とは言うけんど、この国には

ひとつの国家像というひとつの解釈しかない。
(国家主義)

これをファシズムと呼ぶ。


そしてこの世界には客観的事実・科学的根拠が
唯一、正しいという、現象に対するひとつの解釈しかない。
(近代合理主義)

これもファシズム。


高知で言えば、昨年の知事選挙で皆、尾崎候補が優勢という解釈になだれ込んだ。

他候補もおったけんど、高知一般の人の解釈は
尾崎優勢という認識しかなかった。

真の民主主義とは、選挙という現象に対して
違う世界解釈を競うことを意味する。

しかし、高知では官僚が良いイメージを持ち
それを覆す悪い官僚イメージの解釈は育たんかった。

ここが最も大きな問題。

何がえいとか、悪いとかやのうて
高知にはひとつの解釈しかない。

日本もそう、世界でもそう。
世界中がそんなもんになろうとしちゅう。
ものすごい息苦しい。

やき、日本のサブカルが人気なが。
世界に対する解釈が無数にある。
このガチガチに束縛された世界から一瞬でも解放される。


実は、このひとつの解釈というのは
グローバルスタンダードという
いかにも正しいかのような名前で世界中に輸出されゆう。

一番、得するがは大きいもんと巨大なもん、そして先行したもん。
小さいもん、遅れたもんはずーっと損をするシステム、考え方。


これを破壊するためには複数選択肢という世界解釈を提示する必要がある。

それこそ本当のリベラリズム。高知のリベラリズム。


複数選択肢を提示するということは
マイノリティーを活かすということ。

それは日本のマイノリティーである高知を救うことも意味する。


高知県人自身が違う国家像を提示し複数選択肢を与える。

それにはまず自分自身を許さんといかん。


国家主義と科学的根拠にとらわれず表現する。
そうすることによって政治経済分野において
様々な解釈が生まれてくる。

その様々な解釈の上に科学的根拠を載せていったらえい。

そういう知性の自由・平等主義を高知はやっていく必要があると思う。


世界はファシズムにまっしぐらや。

会社に入って働くことしか認められん世の中になったらどうしょうか?


自分は、社会が認めるひとつの解釈にとらわれん人が好き。

そういう人はどうやら、奇人とか変人とかっていう名前で呼ばれゆうらしい。

でも、今、教育の場で求められちゅうのは”考える力”

考える力とは、一般的に信じられちゅう世界解釈とは
違った世界解釈をすることやろうと思う。


なぜなら、十人おったら十人の解釈があるがやき。

変人は一般常識にとらわれない考える力を持った知性的な人間。

やき、おもろい。

なんで、おもろいかって?

それは、普通では考えられんことを言うたりやったりするき。

笑いってそう。予測が外れたときに起こる。


考える力を身につけて自分だけの解釈を持とう!


それが実現できてこそ、民主主義が機能するというものです。


2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会

詳しくはコチラ

今の政治の問題って
選挙で選ばれた人間が代表で政治的なことをやりゆうやんか。

なんかこれがいかんと思うがちや。
やき、みんなあがあんまり関係がない。
なんか気に入らんことがあったら政治の責任やってなってくる。

選ばれた代表が庁舎の中で企画を立案して実行していくということ自体が
オカルトやと思うがちや。

ほんまに市民のことを考えちゅうがやったら
選ばれた人間が議論するがやなくて
議論する場を選ばれた人間が提供するという図式が一番えいと思う。

これはまあ、ほとんど直接民主制ながやけんど
それでえいと思う。
議会はぶちこわして、市民の意見を抽出したり
市民同士を有機的にリンクさせて
科学反応を起こさせる能力を持った人間を
選挙で選ぶようにしたらえいと思うがちや。

そういうふうにせんと頭数が少ない自治体は厳しいと思う。
市そのものを議会にしていかんと。


頭のえいやつだけが議論してもなかなか進まんと思うで。
結局、論理的思考は、ぼったりリスクをはじきだすき
KKN、”こじゃんとこんじょうがない”状態へと進むがちや。

でも、高知らしさの中に無謀さという性格があるき
そういうメンタリティーを表現できんかったら
対外的な自治体の魅力も半減すると思うで。


中学の時、修学旅行の実行委員をやったけんど
結局、まとめるのも、ぶっこわすのもヤンキーながって。
クラスのカラーが決まるのもヤンキーの種類ながちや。

優等生だけの頭やったら絶対に社会を動かすことはできんがって。
おそろしい思い違いやで、今の政治システムは。
政策の良し悪しよりも日本人の集団が何に基づいて
動くかっていうところが全く理解できてない。

平安時代とか江戸時代を新しい時代へ引っ張っていったのも
ヤンキーらあやき。

そこに焦点があわんと自治体運営もきびしいわにゃあ。




高知のリベラリズムってどっからきちゅうろうねえ。

リベラリズムいうたら自由主義ということよ。

自由主義いうたら、簡単にいうたら
おんしゃーやかましいこと言うなや、とか
おんしゃーざっとしたことすなやっていう精神よ。


明治時代に薩長が明治政府を私物化したき
おれらーの先祖が自由民権運動を展開したわけやんか。


まあ、のけものにされたきむかついたっていうのも
あると思うけど、基本的に政府が私物化されたら
土佐人っていうのはめちゃめちゃ腹を立てる性格をもっちゅうと思うで。



やき、阿倍首相が憲法を変えるゆうていゆうことらあ
なめなよ、おんしゃー、勝手なことしよったらはりますぞ
みたいなことになると思うがよ。



自由は土佐の山間よりというたけど
これはほんまにうまいことをゆうちゅうと思うわ。


結局日本人が自由って言うとき、それはアメリカ的な
自由じゃないがよ。


自然の中にある自由ながよね。


それは、まさに山間にしかないがよにゃあ。



俺はまあ、しなねのある一宮で育ったがやけど
昔は田んぼばっかりやった。


今はもう緑がないくらい、家が建ってしもうちゅう。

はっきり言うて、今住みゆう東京郊外のほうが自然が多いがよ。


これはほんまに皮肉なこと。


一宮みたいに行政が地域の自然環境に関与せんかったら
緑は全くないなるで。



そんなことになったら、自由は土佐の山間よりというより
山間ちなんで?みたいなことになりかねん。



高知ってなんなが?みたいな高知学を発展させていかんと
根こそぎないなるで。



だからまず、高知ちなんで?やね。




フォローしてちや
カレンダー
02 2017/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
ローカリズム
性別:
男性
ランキング
ランキングに参加しちょりますきに

人気blogランキング

にほんブログ村 地域生活ブログ 高知情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 西日本ブログ 高知(市)情報へ
にほんブログ村 地域生活(街) 西日本ブログ 高知 その他の街情報へ

記事ごとにはるがめんどいき
ここにしちゅうがぞね
気にいったらすまんけんど
ここにいっぺんもんてきて
ポチっと押しくれんろうか。
カウンター
標準語コンバータ
土佐弁を標準語に変換します。このブログ内の方言がひどくて内容が理解できないという方は上の【変換する】ボタンを押してください。
最新コメント
[07/08 ローカリズム]
[07/07 県外におる土佐のじんま]
[03/24 ローカリズム]
[03/21 あるふぁ]
[09/11 ローカリズム]
[09/09 NONAME]
[04/30 ローカリズム]
[04/29 谷川 佐知子]
[04/13 ナカちゃん]
[04/11 坂本]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 ナカちゃん]
[04/11 坂本]
[04/10 坂本]
[04/10 坂本]
[02/02 ナカちゃん]
[01/31 加賀]
[01/31 ナカちゃん]
[01/30 加賀]
[01/29 ナカちゃん]
[01/28 mio*]
[01/25 ナカちゃん]
[01/24 けんちゃん]
[07/21 ナカちゃん]
カテゴリー
ブログ内検索
市民運動
Save the 下北沢
アクセス解析
忍者ブログ [PR]