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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
昆虫を増やそう(へなちょこ自然保護)

Ladybirdさんが素晴らしい提案をされちょります。

この提案に関しては、自分も常日頃思うことがあります。

自分は今、東京都でも最も公園が多く緑豊かなニュータウンと呼ばれる街に住みよりますが、緑があって鳥の鳴き声はするけれども、何か奇妙な感じがしておりました。

それが何かと突き詰めたところ、昆虫がほとんどおらんがです。どんな公園に行ってもカエルはおろか、カエルのタマゴ、カエルの死骸、カエルの鳴き声さえしません。

トンボも影が薄く、一日に幸運ならば2匹見られるかどうか。雨の日に公園に行ってもかたつむりは奇跡的に一匹出くわすかどうかのような状況です。

確かに、自分が慣れ親しんだ水生昆虫は、田んぼがないところでは少ないでしょうが、それにしても、自然がたくさんあると銘打った、ニュータウンでさえ、これほどの環境ながです。


自分にとっては自然と言えば、『虫』やき、それがおらん自然など人工的なプラスチック空間に過ぎません。子供の頃に昆虫と共に育ってないと、昆虫密集率が異様に少ないという現実に気づかんらしいがです。


ここが最も怖いところで、今の子供達は大人が意図的に創った『擬似的な自然空間』を本物の自然として死ぬるまで認識し続けるかもしれんがです。

これは『擬似的な国家空間』を『未来永劫続く本質的国体』と誤認し続けることと同じくらい怖いことです。


でも先日、高知に帰った時は、ほっとしました。国分川の支流の奥深くまでボラが入り込んでノタウチまわりよったり、幹線道路脇の古民家まわりを無数のトンボが飛びよったり、ふといサギがそんなとこになんかおるがか?というような浅瀬で獲物を狙いよったり、オニヤンマが家の駐車場の壁にへばりついて、ピクリとも動かんなって最高のオニヤンマ観察になったりと、いくら自分ちのまわりに田んぼが少なくなったいうても、まだこんだけの豊かさがあるがや、と思いました。


しかし、これも、ちゃんとした対策を立てんかったら、あっという間に東京のようになることは明白。


Ladybirdさんが言うように、生態系を維持しながら昆虫の数をこれからも増やしていくような活動をしたいとは思います。


自然との共生とは何か?

と言われたら、人間が生物と人間の境界管理をして、両方の空間に人工の手を入れることやなくて、自然の空間はほったらかしにして手をつけんということながやないでしょうか。


ほったらかしというがは、少し語弊があるかもしれんですね。

昔の日本人のように自然を熟知して、『虫さま』や『鳥さま』の邪魔をせんように自然に悪影響を及ぼさん範囲で、人間はひっそりと暮らすということです。


ひっそりというのも少し語弊があります。ひっそりというのは、人間が空間を生み出すがやなくて、『人間が生態系の一員になる』ということながですね。


アリが虫の死骸を運ぶように、人間は森を世話して間伐する。

カマキリの卵から恐ろしいほどの子供が産まれてくるように、人間も田んぼを世話して、トンボやカエルなどの生き物を増やすように努力し、川をきれいにしてくれゆう生き物に対して失礼がないように、自分らあが垂れ流しゆう有害物質のヘドロを掬い上げる、などの行為が必要やと思います。



これらあは全て、古代日本人が持っちょった自然信仰そのもので、高知各所に存在する『虫送り』とか『神母(いげ)信仰』とか『サバイ・サの神信仰』、『河内信仰』を取り戻したら、自然と甦ってくるものじゃあないかと思いよります。


いくら自然が大事、自然が大事と口で言うてもわからんもんにはわからんかもしれません。そういう環境で育ってなかったら自然に対するある種、宗教的な信仰心みたいなもんは芽生えて来るのは難しいやろうと思う。


やき、自分は本業で、古代のそういう自然信仰を復活させる活動をしゆうわけやけんど、若い人はものすごい興味があるみたいで、激烈なムーブメントになりつつあります。信仰にしていけば子供時代から、そういう認識の下で育っていくわけやき、必ず自然を大事にするようになります。



この自然信仰に関しても高知は宝庫で、優位性はものすごく高いわけです。しかし、新堀川ふた工事に代表されるような自然破壊は、現時点での高知の優位性をあっという間に消し去ってしまうほどの馬鹿げた行為ながです。


ほんまに灯台下暗し的な状況で、(一部の進歩的な方々を除いて)都会より認識が何年も遅れちゅうばっかりに都会からムーブメントがきそうな時に、宝物をいつも壊してしまうという悪の循環に陥っちゅうがです。しかも税金を使ってです。


置いちょったらお金を生む財産を、税金を使って破壊する。これほど馬鹿げた行為はありません。



とにかくわけのわからん思想に洗脳されるがやのうて、古代から土佐にあった自然信仰に目を向けたら、あらゆる問題が解決するがです。

なぜなら弥生時代後期、高知市には邪馬台国があり約30万人(現在と同じ)の人口が、持続可能な生活環境の中で生活しよったわけですから、現在でも古代の信仰を取り戻したら地形はそれほど変わってないき、閉ざされた高知市(または近郊)という空間の中で、30万人の人間が循環的社会を築いていくことは可能なはずながです。


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