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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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『土佐の塔』慰霊祭(小津神社参拝)

沖縄に『土佐の塔』という慰霊碑があるらしいです。生まれてこのかた知りませんでした。なんと恥ずかしいことでしょうか。沖縄県八重瀬町具志頭という所にあるらしく那覇市の南西部の海岸線ですね、最初に米軍が上陸したところでしょうか。

子孫の繁栄は祖霊の祀り方如何によって決定しますので、小津神社の神主さん方々がされたことは高知県にとって非常に重要な出来事やと思います。昨年、慰霊祭をされたようですので今年から高知県の経済状況は上向くかもしれません。

沖縄には、まだ一回しか行った事がないですけんど、今度行く時は、是非参拝しにいかないきませんね。



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「“高知”という聖地」?

川越だよりさんにトラバして頂いた記事が面白いので
書いてみたいと思います。


>高知・濱長での僕らのHRでは医師と教師と僧侶の覚醒が
話題となりました。

文章の中にこういう文言が出てこられています。

自分もこの認識には大賛成で
この3つの職業のひとつにまとめたような
仕事を本業としています。

しかし、勘違いや誤解が多く
広範囲な成果を得られていません。


もともとこの3つの職業は
深い悟りと強い倫理観、そして国を守護するという
ゆるやかな国家主義の思想を持ってないと
まともなものになりません。

この国を背負っていると思われる
50代、60代の方々にこういう意識を
強く持っている人が少ないのです。


この国は不安定化は
この世代の意識の低さにあります。

自分の内に罪に対する意識はあっても
他者を罰するほどの強い正義感を持った人間が
この世代にはおりません。

個々のレベルにおいては
ちゃんとした方ももちろんいらっしゃいます。

しかし、国を維持し悪を裁断していくためには
時に激しいほどのジャスティスが必要です。

その倫理の核、日本精神を失っていることは明白です。

この世代の方々は日本が一体なんであるのか?

を問うてもちゃんとした答えが返ってきません。

日本人がなんであるのかを問う
形而上の訓練を子供の頃からやってないからです。

それは唯物主義の横行が背景にあります。


僧侶においても
寺に篭って門を叩く信徒だけを救うのではなく
もはや日本全体を救っていくという
仏の本来の姿を実践できる(宗派を超えて)
空海や一遍、あるいは高野聖のような存在に
生まれ変わらなければ、寺の存在意義そのものが
ないでしょう。


仏教がなぜ本地垂迹し日本で力を持つようになったかと言うと
仏教が神道よりも積極的な救いを実行したからです。


高知で廃仏毀釈が激しかったのは
僧侶が”仏だ悟りだ”と言いながら
積極的に社会に繰り出し社会を変革する力を失ったからです。

土佐人は元々現実主義者ですから。


仏教徒の現実逃避の状況は今でも変わっておりません。
現実逃避というのは、新たな思想をうちたてられないことを
そう呼びます。

鎌倉時代になぜあれだけ仏教が興隆したのか。
それは新しい時代に思想を組み替えていったからでしょう。
経典主義に陥り過去の踏襲しかできない頭の堅い
知恵者は何人いても使いものにならないのです。


”仏だ悟りだ”と言いながら
このような破滅的な日本社会において
徒党を組み、それを救おうとはしていません。

それは仏を知らないことの裏返しです。



カイメイ料に甘んじているため
子供たちがどのようなひどい環境で生きているか
知らない人たちもいます。


四国という仏の聖地で
仏教徒の方々が実践する仏に出会うことを
願って止みません。


昨日、図書館でろいろいしゆう時に

高木美千子さんの『新・土佐日記』という本に出逢いました。

内容はあまりないので、5分くらいで読み終えましたが


「土佐は人間がええがです。観光資源は人間です」


というフレーズがあった。これは本質的。

自分も高知の一番の観光資源は人間やって言うてきたけんど

今はちょっとそういうのもなくなってきたかもしれん。

その人間の魅力というがは、なんちゃあのことはない
いごっそうとはちきんながやけんど


今の高知は、体制翼賛するいごっそうでもはちきんでもない
人たちがわんわん多くなってきゆう。


人がえいっていうのを、誰に対してもえい顔するっていう意味と
勘違いしちゅう。

確かに普通一般の人付き合いの中では
別にいちいちケンカすることはないろうとは思うけんど
それが政治とか社会の話題になれば別。

しっかりと対立して議論してケンカせんと良くはならん。

個人と接する時は別に対立することもない。
それぞれがそれぞれの考えを持っちょったらえいがやき。


でも、政策を争うときは妥協せずにやらんといかん。


いごっそうは普段は大仏のように優しいがやき(笑)


でも政策論争になったら阿修羅になって顔を真っ赤にして
殴りかかるぐらいに論争する。

これがいごっそうやき。


これは前に織田尚生さん の項でも書いたし
日本神話のはじまりは土佐でも書いちゅう。

極端な2面性を持った人間をいごっそうとかはちきんとかって呼ぶがやき。


それは日本の自然の2面性でもあるがよ。
それが復古神道で荒魂と和魂という名前で定義されたがやけんど。

これは仁淀川に祀られちゅうたくさんの倉神の本質でもある。

川の神さま(龍神)の本質ながよ。

ほんで仁淀川の上流に古代の酒の産地がある。


この、いごっそうの2面性と酒のつながりは
ずーっと古代からの伝統なが。


えい顔ばっかりしよってもいかん。

2面性こそがいごっそう。

文句も、ちゃんと言わんといかん。

えいもんはえい、悪いもんは悪い。それだけのことよ。



2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会

詳しくはコチラ
高知には差別がある。

自分が最も嫌いな高知の側面。

皆が平気で差別をする。

全体主義でそれをやる。
ほんまにタチが悪い。

差別とは何か?という問いがないし
意識がものすごく低い。

それが小学生とか中学生ならまだわかるけど
高校生になっても社会人になっても
平気でそれをするやつがおる。

高校の時に一番差別をするやつが県庁に入った。

権力と差別主義は選民思想と並んで親和性が高い。

この高知の差別主義を嫌うて高知を出て行く人間もいっぱいおる。
高知におったらそれに気づかん。
県外でしかそういう話にならんき。


高知の人間は”ぶらく、ぶらく”言うて差別する。

自分は一宮やったき、半分ぐらいが部落と言われゆうところの出身。

別に普通やし、一緒に遊びよった。
むしろ、おもろい。

同和教育らあやりゆうけんどなんの効果もない。

普通の人が自分の子供に差別主義を植え付けゆうがやき。
これが今の高知。

差別や人権に対する意識が物凄く低い。

全体主義でひとつの価値に基づいてひとりをいたぶるらあて
高知ではなんでもないこと。

大人までそれに乗じて気勢をあげる。


でも高知にはそういう差別があるき
少数派やけど、めちゃくちゃ人権意識が発達した人もおる。


真の土佐人はこういう人たち。


部落差別だけやない。
発達が遅れたとされちゅう人たちに対する差別もひどいし
体の不自由な人たちに対してもひどい。

高知市中心部がそういう人たちにとって
散歩しやすい街かどうかを考えたらわかる。

バリアフリーいうてやりゆうけんどほんまに実現できちゅうかどうか。

そういう思考回路やき、あったか高知などと叫びながら
観光客に全く冷たい土佐のおきゃくをやる。

この精神構造は全ておんなじ。
差別主義をベースにして生まれ続けゆう。

ほんでショッピングモールを中心市街地に持ってこよう!
などという発想が出てくる。

基本的に高知のことは好きやけど、これに関しては大嫌い。

そんなやつらとは話もしとうないし、近寄りたくない。
病気が移る。

そういう意味においては東京はあまり差別がない。

だから経済が発展する。
機会均等があるわけやき。

ここを気づかんずくに勢いだけで高知の経済発展を
叫んでみても、全て海の藻屑よ。

スカスカで本質がない。

本質がないところに力も金も集まらん。


2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会

詳しくはコチラ

自分は浦戸湾に注ぐ支流である国分川の近くで育った。

やき、浦戸湾から押し寄せてくる潮と川から引いていく潮

この2つの潮の流れは自分のメンタリティーにもかなり
大きな影響を与えちゅうと思う。

浦戸湾は生物の宝庫、県外に出たらわかるけんど
あれだけ湖面に躍動感がある湾・川は珍しいがやないかと思う。

あれが普通やと思いよった。

夕方になったらボラがぶんぶん跳ねる。
めちゃくちゃ躍動的。

上げ潮の時は小魚が上がって来て、それを追ってスズキも上がって来る。

護岸には手長エビがへばりついちゅうし
イダはひっかけでも釣れるばあこじゃんと泳ぎゆう。
ニロギもえさ釣りで釣れよったし。
一回釣って持って帰って料理してもろうたらまずかった。
もう釣ってくるな言われた。


それぞれの水門付近にはフナとかナマズとかが
いっぱいおる。

子供うちでは、ヤエモンの最東端の太い溝川はナマズで有名やったし
一宮駅の裏は雷魚で有名、そのもうちょっと西の水門はフナで有名やった。

バスとギルはトウチね。

テラピアは久万川の支流ね。


小・中学生の口コミやき、あんまり人はおらんけんど。

そういうところを大人がどんどん埋め立てるき
子供の遊び場がないなる。


魚を釣るには潮を読む事が大事。

なんせ国分川も久万川も潮が引きすぎたら
水がないなって釣りどころやないなるき。

引き潮の時に竿振ってもいかん。

魚はみんなあ帰りゆうき。
釣れたとしてもマインド(心)が低い。
無益っていうことよ。

そんな下げ下げの時に、なにをやっても無駄。


これは人間関係とか集団のプロデュースなんかでも重要な認識。

人間はひとりひとり上げ潮に持っていける
マインドの動機が全く異なる。

そこを見抜けるのがほんまの大将器。

戦国の名武将がどんな人間にも同じように接したというのは
この上げ潮マインドがどんな人間にでもそれぞれ平等にあると見抜いちょったき。


これを知らん経営者が社員を支配する。

これがバブル崩壊以後、日本で粛々と行われてきた
マネジメントの実態。

成果主義というもっともらしい
いかにも自由主義的な思想を展開しゆうと思いきや
中身はマインドの支配。

自然を知らん人間が経済界に入っていって自由を吹聴する。
全く内実は逆。

自然と一体化した日本経済思想が真の自由主義。

日本中がアゲアゲになったがは
松下幸之助という名武将がおったき。

今はおらんね。
社員の気持ちがわからん新興宗教のグルがトップに立って
社員を支配して売り上げを伸ばしゆうだけ。

あさましいやつら。

それを地方の人間が真似する。

精神破壊がとめどなく進む。これがこの国の現状。


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面白そうにない土佐のおきゃく(けんちゃんより)

けんちゃんの書かれていることは
げに、本質的な指摘やと思う。

これはまっこと、高知の悪いところが出ちゅう。

気が合うもんだけで集まって異質なもんは
排除していくというシステム。
そういう戦時中のシステムが高知にはあるがやけんど
それが前面に押し出されたかたち。

でも、よう考えてほしい。

そもそもおきゃくとは何か?

香北町へ行ったら、見知らぬ人が上がりこめるおきゃくがある。

それは高知の山間部へ行ったらどこも同じようなもんやと思う。

全然、知らん人に誘われることもある。


それがほんまのおきゃくやろう?

でもこのイベントのおきゃくはそんな真の高知県人のホスピタリティーを
無視して異質なもんを排除していくという
戦時中の大政翼賛のメンタリティーを如実に反映したものになってしもうちゅう。

そういうことが高知のいたるところで起こりゆう。

まず、おきゃくとは何か?を問えてない。

相手の立場に立って物事をよう考えん人間が集まって
勢いだけで”おきゃくじゃ、おきゃくじゃ”いうて言いゆう。

それはまったくおきゃくじゃない。
ただの新興宗教的な飲み会。

ほんまのおきゃくを知らんがやないろうかと思うちや。

親戚同士がおきゃくをやるときに勢いなんかいらん。

年寄りがいっぱいおるがやき、ばあちゃんの座布団構えたり
コップ用意しちゃったり、日が直接当たらんか見たり
忙しゅうて勢いなんかつかんわねぇ。

だいたい、年寄りと子供が中心におらんのに
何がおきゃくなと思うちや。

勘違いもえいとこ。

土佐のおきゃくいうがやったら
ほんまもんのおきゃくに観光客を連れていったほうがなんぼかまし。

そういう発想も出て来んがやろ。

ほんまのおきゃくを知らんがやき。


2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
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そのまんま東の分権改革連合の件からもわかるように
これからは東京依存から素早く脱したもんから
繁栄を手にしていく時代。

そんまんま東がやりゆうのは政治的領域でのこと。

橋本大二郎氏は先を越されたき、高知はまた後手になってしもうた。

経済的領域でもそのまんま東は地場産品のPRにはかなり積極的。

高知物産公社構想はこれに対抗するもの。

これでもかなり遅れをとっちゅう。


もうひとつの大きい領域は文化的領域。

これは主に若い人たちの領域。


東京POPを超える高知のPOPを生み出していかんといかん。


既にヒップホップの世界ではその流れは急速に進みつつある。

自分は実は大元は、その流れから出てきたがやけんど。


東京(日本)の若い人の文化が世界に受け入れられて

積極的に支持され東京POPとして輸出されゆうがは

それがオリジナルやからこそ。


しかし、高知にも掘り起こされるべき漫画の文化がある。


リソースはあるわけやき、媒体を新しくして焼き直しをしたら

絶対に大きい文化価値になる。


それに現代アートの力も加えて商業製品に反映していったら

ものすごい価値になる。


今度は、そのまんま東に先を越されんようにしたいね。

東に来んずく西に行って欲しいね、そのまんま。



結論から言うと食文化というものが存在するのは

自分は日本では高知と沖縄しか知りません。

外国ですと、フランスのカフェが興ったディベート文化

アイルランドのパブ文化(イギリスは弱い)

アメリカやオーストラリアなどのホームパーティ文化

があります。


沖縄の場合は、皆で集まって楽器を弾いたり踊りを踊ったりします。

戦国・室町期はそういう文化が日本で花開きました。

その日本文化は形式だけが歌舞伎や能や茶道になって
継承されていますが、本質は継承されていません。

芸能とは、それによって社会が表現され共有されるところに意味があります。

<織田信長の『敦盛』は有名ですね。
今もし、歌舞伎が力を持っちゅうならば
ニートを舞わんといけません。できてないですね。>


その本質を持っちゅうのは沖縄だけです。

やき、日本の芸能の本質とは沖縄から来ているのではないかと
推測してみるのも全くの間違いやないと思います。


沖縄の場合は食の場で歌や踊りで社会を共有することができます。
それを食の文化と呼びます。

東京では単に高級食材を胃に浸透させるだけ

そして食べ放題で多くの食材を胃に流し込むだけです。

そこには、食材と舌と胃、たったこれだけしか必要やないがです。

これでしたら、餌箱に頭を突っ込まされて飼育されゆう
ブロイラーと本質的には同じです。


しかし、高知の食とは

食によって人と人がつながるコミュニズムの要素を持っています。


沖縄は芸によってつながりますが

高知は議論によってつながります。
(なぜ議論によってコミュニズムが形成されるのかは調査中です)
フランスと酷似しちょります。
戦国室町期とは違う文化なので、おそらくそれよりも遡れると思います。
酒の文化とセットで考えるとおそらくは弥生時代だとは思いますが。

こういうのを食文化と呼びます。

日本の他の地域にはないと思います。

あったとしても戦国室町期へつながった沖縄の文化の焼き直しか
その後の中央からの下野文化でしょう。


食べることによってコミュニティーを育む文化が
今でも組織的に残っちゅうのは高知と沖縄だけです。

都会で日本の食文化が急激に失われても高知と沖縄で維持されちゅうのは
単に高知と沖縄が発展してないき、という理由だけではないと思います。


食文化が発生する風土があるき、食文化が破壊されんだけやと思います。

広谷喜十郎さんのこの記事もご参考に

素晴らしい指摘です。



それは裏を返せば、日本の文明がそこから始まったということを意味しちゅうと思うがです。


そういうことに気づいてないとおきゃくイベントをやっても
都会から人を呼び込むことはできません。



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