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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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国民総幸福量という概念

けんちゃんが書かれておりますように(フランスのサルコジ大統領も最近これに似た指標に言及しちょります)これから、ますますGNHという指標は重要になってくると思います。土佐経済同友会の提言も、このGNHを核に作られてますし。

これと関連しまして、日本の自殺者数は今年、過去最悪のペースを更新する見通しで、『子供達の幸福度』に関しても、日本は先進国中最低のレベルです。

それだけ戦後日本人は、人間性を放棄し国家の経済成長のために人生を捧げてきたということであり、ここらあたりでいい加減方向転換せんと非常に危険な状態になってしまうわけです。

今こそ、経済成長を顧みん自由人土佐人の出番やないかと思います。


自分は経済的には意図的に恵まれてませんが、好き勝手やりゆうので非常に幸福と言えます。しかし、自分だけが幸福であっても、社会が幸福でないとある意味、幸福を感じんので、幸福でないとも言えます。


なので、必要最低限のお金を商売で頂いたら、その他の時間は無償奉仕の社会活動に使うようにしています。まあ、このブログもその社会活動の一貫ですけんど、一部ではキチガイ扱いされよりますので(笑)どれほどの効果があるかは、今のところ不明です。


たいがい、日本人が幸福を感じんがは、決まりきったレールに乗ってしまう『性』に、その原因があり、そのレールを飛び越えてキチガイレールに乗ったらある意味、成功と言えます。後は気持ちのいいもんです。

キチガイレールはどんな抑圧も、どんな圧迫も、どんな支配もありまんせんから、やりたいことをやりたい時にやりたいだけやるという非常に自由奔放な生活ができるがです。

しかし、それには責任も伴いまして、お金を頂けなければ来月は餓死してしまうという覚悟が必要になります。自営業は常に『死』と隣り合わせた職業であり、ある意味、毎日が戦争というてもえいと思います。しかし、その分だけ、やはり『生』に対する喜びが倍増しちゅうわけであって、『簡単には死なんぞ、この野郎』という反骨が育まれるということでしょう。


むしろ日本の社会状況は、当たり前のようにやってくる『死』を隠してしまうことによって、突然降って来る『死』の恐怖が倍増してしまうという特徴があります。

ですから、日本人が当たり前と思いゆうことは実は当たり前じゃなくて、すごいことながで、となんらかの形で私たち大人が身をもって示していく必要があるがやないかと思います。



人は一遍死ぬがやき、怖がることはないわや

              --ジョン万次郎『ウィキペディア(Wikipedia)』



日本に幸福がないわけじゃなくて、『幸福を幸福と実感する非日常』があまりにも少なすぎるわけです。

人のつながりが薄くなって、親戚や近所の人の葬式に出る機会なんかが減ってくると、人間はいつまでも生きていくがやと勘違いするようになります。

そうやなくて、人間はいつ死ぬかわからんがで、と身をもって教える地域社会が欠如したことに問題があるのです。


ブータンなんかは、アジアにもともとある先住民族の社会と仏教の宗教意識が根強く残っちゅうき、人が死んだら皆で悲しみ、子供が産まれたら皆で喜び、成人したら皆で祝う、そんな人間としての当たり前のことが当たり前として存在するがやと思います。


高知は他の地域と比べても人のつながりは濃いけんど、それでも死の商人である葬儀屋がどんどん増えゆうのを鑑みても、ただ便利というだけで、地域社会の尊厳を崩壊させてしまっていくのは、非常に悲しいことと言えると思います。

もともと日本には殯(もがり)『ウィキペディア(Wikipedia)』という風習があって、白骨化するまで殯宮(もがりのみや)っちゅうところに死体を安置しよったがよね。

それでやっと、あ~この人はほんまに死んだがや~とか、死ぬってこういうことながや~っていうことを皆で認識しよったわけです。

土佐弁にモガリっていう語があるけんど、これは明らかにこの殯からきちょって死んだとされちゅうのに殯の期間にバタバタとして息を吹き返したりする人がおって、それをモガリと呼び始めたがやないかと思う。やき、やっぱり日本語のルーツは土佐弁やし、神道のルーツも土佐にあるがよね。


GNHに話を戻すけんど

人間の幸福とは、本質的にはお金やなくて、人とのつながりやき、高知県人にとっては、おきゃく文化の再興がGNHの寄与に非常に大きな役割を果たすと思うがよね。


土佐の変人が少なくなるがも、高知の社会にとっては非常にマイナスで、あいつよりは俺はマシや、と思わせるキチガイがこじゃんちおることによって、どれだけ普通の人が非日常を手に入れゆうかを熱心に観察してみる必要があるやろうと思う。


ほんまに奇人・変人は大事にしてほしいもんぜよ!


  ●参考→高知変人ネットワーク (過去記事)




高知はもともと枠にはまらん壮大な人間が多いはずながやけんど、いかんせん高知県最大の企業がガチガチの高知県庁になってしもうて、土佐文化というもんが背広組に支配されるようになってしもうて、キチガイレールが脱線しまくっちゅう。

これからはできれば優等生に脱線してもろうてキチガイレールに乗ってもらいたいと思う。


明日さえどうなるかわからん人生。楽しくてしゃあないやろう。その楽しみを仕事にしたらえいがよ。


はりまや橋商店街の金曜市に行ったら(馬楽さんのところとか)、そんな話もできるかもよ。土人党もその延長であったらえいし。自分も、もうそろそろ東京を引き上げて高知に帰ろうと思うちゅうし。



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もがって、楽しい社会をつくろう
>なので、必要最低限のお金を商売で頂いたら、その他の時間は無償奉仕の社会活動に使うようにしています。まあ、このブログもその社会活動の一貫ですけんど、一部ではキチガイ扱いされよりますので(笑)どれほどの効果があるかは、今のところ不明です。

 ナカちゃんがきちがい扱いされておれば、わたしはどうなるのでしょう。現実に高知県庁から排除されたわけですし。未だに彼らからの謝罪はありません。

 「座って半畳。寝て一畳」でしたか。生きていくためのはそれほど贅沢しなくていいんです。

 おおらかに、のんびり自然と戯れて生きていれば十分です。ただし生きるためには情報は徹底的に集めますが・・・

 来年はブータンの人が高知へ来るようです。どこまで本気でやるかどうかでしょうね。
けんちゃん URL 2009/10/02(Fri)12:45:10 編集
Re もがって、楽しい社会をつくろう
>もがって、楽しい社会をつくろう

(笑)ほんまですね。あちこちでモガリ倒したいです。

>現実に高知県庁から排除されたわけですし。未だに彼らからの謝罪はありません。

普通じゃない=キチガイ=排除すべき存在、というお役所的な思考回路は、なんとしても糺さんといけませんね。税金はキチガイであろうと誰であろうと平等に支払う義務が課せられます。それに対して税金に寄生した公務員がキチガイを排除するとは、なんとも筋道が通りません。

>「座って半畳。寝て一畳」でしたか。生きていくためのはそれほど贅沢しなくていいんです。

ほんまですね(笑)永平寺の禅僧は、一畳分のふとんから飛び出さんようにロープで周りを縛って寝ます。ほんで毎日、同じ茶碗を使います。米粒を一粒も残さんように食べるき、茶碗を水で洗うこともないようです。

日本人には、そういう美しさがありました。

>おおらかに、のんびり自然と戯れて生きていれば十分です。ただし生きるためには情報は徹底的に集めますが・・・

ほんまにおっしゃる通りやと思います。明治・大正・昭和の日本の文化人思想家は貧困でした。しかし、心は非常に豊かでした。知恵がありましたから、未来を見ることができたし、知性を磨くことも怠りませんでしたから、経済力がなくとも諸外国と対等に渡り合うことができました。

明治時代などは逆にキチガイであることがステータスでした。先が見えん時代に人と同じことしか言えん人間は、ひとっつも役に立たんからです。

これからはキチガイが尊重される時代に変わってくると思います。先が見えない時代になってきましたから。
ナカちゃん 2009/10/02(Fri)19:20:25 編集
土佐からストック型社会へ
日本人が幸福を感じんがは、まだまだ物質主義(マテリアリズム)偏向が強いことと、社会や経済の仕組みがフロー重視なことも大きいやろう。

住宅や家具をはじめ耐久消費財の使用年数が短すぎる。やき、所得があってもそれらを更新することに常に追われるわけやき、なかなか余裕が生まれてこんがよね。

それらがヨーロッパ諸国のように世代を超えて長期に使用できるなら、先人が生み出したストックを上手に活用していけば、ガムシャラに働かんでも十分生活できる。やからこそバカンス文化が発達しちゅうがです。

日本で車の販売台数が落ちてきたがも、フロー型社会に陰りが見えてきた面も大きいと思いますね。無理に買い換えんでもまだまだ調子よく動くしね。

自動車メーカーの派遣切り問題が記憶に新しいでしょうが、ストック型社会に移行する過程では物が売れんなって経済は悪化し失業者であふれて大変なことになる。だからそんなことは無理とかって言うやつが必ずいます。

一見するとそうかもしれん。しかし、これほどおかしな話もないですね。消費が生活のためではなく、経済そのもののためになっていますから。本末転倒ですね。

本当に必要なのは、消費増大を煽ってのGDP上昇&雇用回復でなくて、適正消費によるGDP適正化&ワークシェアリング推進による雇用回復のはずです。とにかく日本人はまだまだ働きすぎやと思います。

やき、この土佐高知では今後の経済、社会資本整備、耐久消費財のありかたすべてを、長寿命指向のストック重視型で設計すべきと思いっています。同時に、過剰な車社会などの無駄でしかない贅肉をそぎ落としていくことも考えねばなりません。

特に建物を建てるときは、200年以上使うことを見越して構造、間取り、メンテナンス、デザイン、周囲との関係性を含めた景観や土地利用すべてにおいて後悔のない設計をしていくべきです。「一度造ったら壊さない。だからこそきちんと設計する」っていう姿勢が求められます。

そうやって、ストックを上手に活用できれば、過剰な労働からも解放されるでしょう。社会を維持するための必要分だけ働き、後は文化・芸術・学問などもっと創造的なことに割けばえい。そういう社会の方が国民は幸福を感じると思う。

そういう社会を、この土佐から生み出して発信していこうではないですか!!
やっしー URL 2009/10/05(Mon)18:35:46 編集
Re 土佐からストック型社会へ
これは見事やね!まさにその通り!
素晴らしい大演説や、もったいないき自分のブログにもUPしちょってよ、是非。

まさにね、日本社会はフローな社会へと意図的に変えられてきたがよ。重要なことは元々日本社会はもったいないという言葉があるように世界でも類を見んほどのストック社会やったということ。

それが、バブル崩壊後、3流経営者たちが不況から脱出するために見つけ出した答えがあったがよ。商売とは新自由主義と見つけたり!言うてね。その新自由主義の本質とは社会をフローにすることやったがよ。

それはどういうことかというと、プロダクトライフサイクルを早めて故障はしませんというて物を売る。でも実際、壊れたら、最近は部品がどんどん精密になっていきよりますので、壊れやすいんですと嘘をつく。

あるいは意図的に杉を伐採せんことによって薬・マスクが売れて、病院やその他の機関が儲かるようにする。などなど。

貧乏人や中間層から『安い!』をえさに、フローをどんどん巻き上げる、そのサイクルをどんどん早めて下層の人たちにストックをさせんようにする。ほんでどこにストックがいくかというたら、一部の資本家と政治家、官僚なわけ。これが格差社会のからくり。

下層の人たちは経済の本質に疎いき、なんで自分たちがこうなったのかをあんまり理解してない。そこにはものすごく巧妙に仕掛けられたトリックとレトリックがあるがよ。

社会が一部の人間が私腹を肥やすためだけに破壊され続けてきたがよね。高知はまだそこまでひどくないけんど、都市経済というがは既にそこまで完全に変貌しています。やきハゲタカが来れば来るほどそういう歪なサイクルが始まるということながよね。

その極限の形が9.11テロに現れちょったがです。完全に自作自演のトリック。ウサマ・ビン・ラディンのことなんかもう誰も言及しちゃあせん。それぐらい大衆とは愚かなもん。それをあざ笑いゆうぜ。資本家は。

ここらへんは郵政民営化とも非常に濃い関係があるわね。2兆円とも3兆円とも言われた日本最大のストック【ゆうちょ】をフローにするのが誰かさんの目的やったわけ。今、ほんで小物なんかが明るみに出ゆう。国民のストックをフローに転換して、安く固定資産を払い下げしてもろうた大悪党の小物たちがね。でも黒幕はもっと違うところにおるけんど。

やっしーさんが言うように高知は是非、ストック型でいくべきやと自分も思う。どうやって経済をまわしていくかは、これから考えるとして、マテリアリズムをなんとしても消滅させたいですね。

それを是非、金曜市の土人党会議で言うてみてください。

どういたぜ、なんか、めちゃくちゃ復活してきたやんか。
ナカちゃん 2009/10/05(Mon)23:02:17 編集
続・土佐からストック型社会へ
了解了解。
今度修正して自分のブログにもアップしちょくきにね。

ストック型社会については以下のサイトが詳しいです。

●次世代システム研究会
http://foss-stock.org/

●「ごみを生まないストック型社会へ」
http://www.fch.chuo.fukuoka.jp/928gomi/stock.htm

●エコエコ研究会
http://www.kitakyushu-jc.jp/ecoeco/index.html

本気で使い捨てのフロー型社会から決別してストック型社会へ移行していかないかんと思うちゅう。

資源エネルギー消費削減、ゴミ問題、環境問題の解決、労働問題、格差社会の是正、余暇の充実、生活空間に値する都市計画への転換など多方面にわたってこれからストック型社会への移行は急務であると言えます。

ストック型社会は高知にとってもメリットは絶大やと思う。

要はメンテナンスしながら末永く使っていこうという社会やき、原則的に地元の業者に金が落ちます。建物に関しては、末永く使う(=持続可能なメンテナンス)ためには、地元で調達可能な材料を原則的に使うことが求められます。経済を高知で囲い込めます。

また、ストック型社会になると長期バカンスが一般的になると思うき、そういうときの準備(=バカンスに値する高知県になるための)も今からしておくべきです。民泊を広げていくことなど。

ただ、ここでひとつ大きな壁があります。
土佐高知からストック型社会への転換の先鞭を切ると言っても、土佐人の気質からしてちょっと難しいような気がします。

高知県人はたいがい新しいもの好きでそれにわぁーと群がります。気移りし飽きっぽいですし。

やき、時代風潮に動ぜずに世代を超えて丁寧に使い続ける社会が真に受け入れられるのか、まだ私には分かりません。でも、絶対にそうせないかんと思います。

本当の豊かさはストックを大事にすることから生まれるがやき。
やっしー URL 2009/10/10(Sat)21:32:31 編集
ストック型社会への挑戦
ストック型社会は、僕が脱クルマ社会とともに最も重要視するテーマやきもうちょっと書こうかと思う。

たしかにカネは経済社会の血液やき、循環させることは大事やろう。やけどカネを回すためにどんどん消費しましょう、使い捨てしましょうというがは本末転倒。

主体はカネやなくて物ながやき。物(製品)があれば何かをすることができるけど、紙幣や硬貨そのものがあってもどうすることもできん。

本来、住宅でも自動車でも家電製品でもその機能をきとんと維持していれば、また不具合が出ても修理で直して使いつづける方が合理的なはずです。
わざわざ取り替えるがは、すべてにおいて追加的に莫大なエネルギーが必要です。

はっきり言おう、自動車や家電製品が空前の売り上げを出そうがそれが健全な経済とは言えまい。それらを買うためには、カネが必要。カネが必要ということはそれだけ労働せないかん。ほかのもっと有意義なことにカネや時間が使えたのにも関わらず、意図的(マスコミの洗脳的手法から言って意図的と断言せざるを得ない)に買わされたゆえに犠牲になってしもうたがやき。

日本は、物にカネを使う傾向がまだまだ強い。稼ぎを物やなくてバカンスなどもっと文化的なことに使うようにしていくがが望ましいと思いますね。

僕は自転車については、車依存社会への挑戦とストック型社会への挑戦、両方からアプローチしています。
使いゆう自転車の中で最も古いやつは中学3年生のときの1997年に買ったもの。12年経過した今でも現役バリバリです。でも、すれ違う自転車、街で見る自転車を見比べると確実に最古参の部類。それだけ使い捨て社会が骨の髄までしみこんぢゅうということやろう。
だけど、自転車は構造が簡単なゆえに適切なメンテナンスをすれば寿命は相当長い。頑丈なMTBは舗装路だけの使用なら半永久と言ってもえい。
本来自転車は、親から子へと世代を超えて継承されるべきやと思う。ただ、中学生あたりだと親からの譲り受けた古い自転車で通学しよったらイジメの対象になりそうながが悲しいところですけど…。

もはや日本では「これは曽祖父から受け継いだ」とかいうことがめっきり減った。ヨーロッパではそういうことはよくあるみたいですけど。

日本は江戸時代がそうやったように類を見ないほどのストック社会やったはずやけど、なんでここまで使い捨ての食い散らかしハチャメチャ社会になってしもうたがが、嘆いても嘆ききれん。

街まで使い捨てしゆう。
新しい街や団地ができる→同じ世代の若い人が入居し一気に活気付く→古い伝統的な街は空洞化し高齢化が進み衰退の傾向→新しい街も次第に住民が高齢化(オールドタウン化)→また別なところに新しい街を造成しようとする→(以下繰り返し…になるかな?)

ということで、高度成長期に造成された街は今、建物も古びて人口も減少の傾向にあります。だけど、そういう街に新しい住人を入れて定常状態を保とうとせず、なぜか新タウン建設する不条理はいったいどうしてなのか僕にすらさっぱり分かりません!!

とにかくストック型社会時代には、まず江戸時代から続く古い街区から重点的にストックを蓄積できるような体制を整えるべきです。そういうところが最もコンパクトシティに適しちゅうき。
今ある古い民家や土蔵は極力保全活用し、それ以外の建物も周辺と調和するように外観を修正したり、長く使えるような構造強化を行う。空き地で歯抜けになった場所には、もう一度建物を建てるか緑地や共同農園を設ける。
ニュータウンは、今後も継続使用するか将来的には破棄するか選別が求められます。

永続的な街を創ることこそ都市計画家の使命だと思っています。
やっしー URL 2009/10/10(Sat)22:40:08 編集
Re 続・土佐からストック型社会へ
>今度修正して自分のブログにもアップしちょくきにね。

それはみんな喜ぶね。

>ストック型社会については以下のサイトが詳しいです。

へえ~、ストック型社会いうて市民権を獲得しちゅうがやね~

>原則的に地元の業者に金が落ちます。

そうですね。昔は藩がかなり独立した経済圏やったき。ストック型とブロック経済は親和性が高いかもしれませんね。

>バカンスに値する高知県→民泊を広げていくことなど。

これは素晴らしい指摘やね。まさにその通りで高知は完全無欠の独立国やなくて、世界第二位の経済大国の観光や自然エネルギー分野などのおいしい領域をリードする必要があるがよね。そうすることによって、防衛費に金を回さんずくに経済発展に専念できるという選択肢も可能になる。

>高知県人はたいがい新しいもの好きでそれにわぁーと群がります。気移りし飽きっぽいですし。

いや大丈夫やないろうか。
土佐のオキャクとか酒の文化は土佐人はしわいくらいに継承してきゆう。ストックの思想をそういう酒絡みの文化と結合さいたら、歯車がまいはじめるで。それはおもろい(笑)
ナカちゃん 2009/10/12(Mon)00:17:37 編集
Re ストック型社会への挑戦
>ストック型社会は、僕が脱クルマ社会とともに最も重要視するテーマやきもうちょっと書こうかと思う。

それはすごい!やっしーさんの思想的源泉があふれ出しゆうぜ。


>日本は、物にカネを使う傾向がまだまだ強い。稼ぎを物やなくてバカンスなどもっと文化的なことに使うようにしていくがが望ましいと思いますね。

まさにその通りですね。そのマテリアリズムを克服するために形而上のサービスと知の受け渡しにお金を払って貰うのが自分たちの本業になってます。また、その市場拡大がマテリアリズムを克服するものと信じて活動しよります。

>街まで使い捨てしゆう。

街だけやなくて、自分自身をも使い捨てしてしまう思考習慣がついて生きづらい人生を歩む若者がたくさんいます。自分をもっと大切にしようと訴えています。それはとりもなおさず、故郷や先祖を大切にすることと同じことながですね。


>なぜか新タウン建設する不条理はいったいどうしてなのか僕にすらさっぱり分かりません!!

戦後になって、先祖を蔑ろにするががブームになったみたいですね。縄文時代から日本人が守ってきた山をトンネルでくりぬく、川を護岸して生き物を殺す、海を汚して子供の遊び場をへす。食べ物を偽装して自分だけが私腹を肥やす。全て、先祖に対する敬いの気持ちがないところから始まる未熟な大人たちの暴挙です。

これほど無思想で無計画な時代が他にあったでしょうか?少なくともバブル崩壊以前までは構造的思想がありました。その後、クソミソの時代になりました。小者どもが社会を覆い、政治をやるフリをして、経済を動かすフリをして、学問をやりゆうフリをしてきた人たちがいます。無能を責めてもしょうがない。真理を理解することができんがやも、致し方ない。
ナカちゃん 2009/10/12(Mon)00:49:56 編集
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国民総幸福量という概念
 インドと中国という大国に挟まれた小国ブータン。1000年以上鎖国状態が続き、貧
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