《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い)、ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから)
夜須が日本神話の天の安河やないがかと考えちゅうわけやけど
手結もやっぱり怪しい。
つんつく踊りも八大龍王宮も
手結はおそらく万葉集の手結(たゆい)が浦↓からきちゅうとは思いますが
巻第三・367 笠金村の歌(万葉集に親しむ)
万葉集が怪しいというのは良く知られたこと。↓
古今伝授の正体は何か
(暗号山上憶良より)
なぜかって言うと、ものすごく偏っちゅう。
鯨魚とりに関しても高知が出てきてない。↓
万葉集: 鯨魚(いさな)を詠んだ歌
(たのしい万葉集より)
捕鯨文化『ウィキペディア(Wikipedia)』
高知が開けてなかったというのは嘘。
高知は縄文・弥生時代から他の地域に劣らず先進的な地域やった。
太平洋に開けた今でもホエールウォッチングをやりゆう高知を
詠んでないのはおかしい。
これだけやない。高知のことは全然詠まれてない。
でも紀貫之は土佐日記を書いた。
これについては土佐弁レボリューション も参照願いたい。
高知が辺鄙なところで文化的土壌がないところやったら
鹿持雅澄なんか絶対に生まれてこん。
こういう国学者は過去の蓄積した歴史を背負って生まれるがやき。
土佐文学の礎(高知県立文学館より)
谷秦山と武市瑞山を前後の代に持っちゅのはものすごくおもろい。
それでなぜか知らんけんど正史に最初に出てくる
土佐の記述は”土左大神 神刀一口”(これは自分のサイト)
剣が三種の神器やった時代にです。
しかも朝倉宮は福岡よりも高知のほうがビンゴ。
朝倉橘廣庭宮は土佐の朝倉神社(これも自分のサイト)
これだけ条件が揃えば土佐が封印されてきたことはすぐにわかる。
卑弥呼が隠れたのは龍ヶ洞やし。
話を戻すと、手結という地名は島根にもある。
鯨もとれよったみたい。↓
化鯨『ウィキペディア(Wikipedia)』
でもこういうことがよくある。
高知の地名が出雲に転写されちゅうのは。
ここがものすごくひっかかるところ。
自分は出雲からの国譲りなんかなかったと思うちゅう。
大和に国を譲るのは邪馬台国やし
邪馬台国やったら卑弥呼を共立した自由思想がないといかん。
自由思想の本拠地やないといかん。
その他もろもろは土佐邪馬台国へ
一言主が土佐に流されたのも偶然やない。
土佐神社が賀茂なのも偶然やない。
日本神話のはじまりは土佐
2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会
詳しくはコチラ!
手結もやっぱり怪しい。
つんつく踊りも八大龍王宮も
手結はおそらく万葉集の手結(たゆい)が浦↓からきちゅうとは思いますが
巻第三・367 笠金村の歌(万葉集に親しむ)
万葉集が怪しいというのは良く知られたこと。↓
古今伝授の正体は何か
(暗号山上憶良より)
なぜかって言うと、ものすごく偏っちゅう。
鯨魚とりに関しても高知が出てきてない。↓
万葉集: 鯨魚(いさな)を詠んだ歌
(たのしい万葉集より)
捕鯨文化『ウィキペディア(Wikipedia)』
高知が開けてなかったというのは嘘。
高知は縄文・弥生時代から他の地域に劣らず先進的な地域やった。
太平洋に開けた今でもホエールウォッチングをやりゆう高知を
詠んでないのはおかしい。
これだけやない。高知のことは全然詠まれてない。
でも紀貫之は土佐日記を書いた。
これについては土佐弁レボリューション も参照願いたい。
高知が辺鄙なところで文化的土壌がないところやったら
鹿持雅澄なんか絶対に生まれてこん。
こういう国学者は過去の蓄積した歴史を背負って生まれるがやき。
土佐文学の礎(高知県立文学館より)
谷秦山と武市瑞山を前後の代に持っちゅのはものすごくおもろい。
それでなぜか知らんけんど正史に最初に出てくる
土佐の記述は”土左大神 神刀一口”(これは自分のサイト)
剣が三種の神器やった時代にです。
しかも朝倉宮は福岡よりも高知のほうがビンゴ。
朝倉橘廣庭宮は土佐の朝倉神社(これも自分のサイト)
これだけ条件が揃えば土佐が封印されてきたことはすぐにわかる。
卑弥呼が隠れたのは龍ヶ洞やし。
話を戻すと、手結という地名は島根にもある。
鯨もとれよったみたい。↓
化鯨『ウィキペディア(Wikipedia)』
でもこういうことがよくある。
高知の地名が出雲に転写されちゅうのは。
ここがものすごくひっかかるところ。
自分は出雲からの国譲りなんかなかったと思うちゅう。
大和に国を譲るのは邪馬台国やし
邪馬台国やったら卑弥呼を共立した自由思想がないといかん。
自由思想の本拠地やないといかん。
その他もろもろは土佐邪馬台国へ
一言主が土佐に流されたのも偶然やない。
土佐神社が賀茂なのも偶然やない。
日本神話のはじまりは土佐
2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会
詳しくはコチラ!
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手結の人達のしわさ
昔夜須については郷土史家の広谷さんが言われていましたね。
蘇我氏に追われて物部氏が流れてきて物部川があり、定住して影響を与えたとか。詳しくは知りません。
古代から海を活用していたとの伝承はあるようです。
ずっと時代が下り江戸時代初期、山内家2代目藩主の時代家老の野中兼山が、掘割工法(陸を削って港にする)で手結港をこしらえました。
特に今頃はよくその狙いが理解できます。浦戸から手結までは北西の風が吹けば1直線。最短距離で来れます。
ここ風待ちして、北西の強風が吹けば、手結かから一気に室津まで行けますし。
手結の人たちは盆踊りをしたそうですが、当時は一揆になる恐れがあると禁止されていた。
藩主に命じられて工事で死者が出た。それを弔う為に盆踊りだと称し、結局認めさせた歴史があります。
手結の盆踊は阿波踊りと同様に300年の伝統があるのです。よさこい踊とはスケールが違うし、歴史がありますね。それだけ手結の人たちはしわい。
その歴史と風を感じながら冬の海でセーリングすればまた味わい深いものを感じています。
蘇我氏に追われて物部氏が流れてきて物部川があり、定住して影響を与えたとか。詳しくは知りません。
古代から海を活用していたとの伝承はあるようです。
ずっと時代が下り江戸時代初期、山内家2代目藩主の時代家老の野中兼山が、掘割工法(陸を削って港にする)で手結港をこしらえました。
特に今頃はよくその狙いが理解できます。浦戸から手結までは北西の風が吹けば1直線。最短距離で来れます。
ここ風待ちして、北西の強風が吹けば、手結かから一気に室津まで行けますし。
手結の人たちは盆踊りをしたそうですが、当時は一揆になる恐れがあると禁止されていた。
藩主に命じられて工事で死者が出た。それを弔う為に盆踊りだと称し、結局認めさせた歴史があります。
手結の盆踊は阿波踊りと同様に300年の伝統があるのです。よさこい踊とはスケールが違うし、歴史がありますね。それだけ手結の人たちはしわい。
その歴史と風を感じながら冬の海でセーリングすればまた味わい深いものを感じています。
Re 手結の人達のしわさ
>浦戸から手結までは北西の風が吹けば1直線。
~手結かから一気に室津まで行けますし。
これはすごい認識ですね。
浦戸湾から一気に手結まできちょいて
風待ちして室戸まで一気にいく。
古代もそんな感じやったがやないですかね。
おそらく神武東征もそれですね。
やき手結が古代から栄えた。
手結の北には龍ヶ洞がありますし。
そういう見方で見ると手結の祭りの起源は
弥生時代まで遡れますね。
土佐邪馬台国の有力な情報が続々と出てきよります。
>その歴史と風を感じながら冬の海でセーリングすれば
また味わい深いものを感じています。
古代も風待ちの帆船が待機したり
航海の練習をしよったがやないですかね。
手結というところは。
手結は風が出やすいき、ウィンドサーフィンのメッカになっちゅうがですよね?
地形からみるとそう思いました。
~手結かから一気に室津まで行けますし。
これはすごい認識ですね。
浦戸湾から一気に手結まできちょいて
風待ちして室戸まで一気にいく。
古代もそんな感じやったがやないですかね。
おそらく神武東征もそれですね。
やき手結が古代から栄えた。
手結の北には龍ヶ洞がありますし。
そういう見方で見ると手結の祭りの起源は
弥生時代まで遡れますね。
土佐邪馬台国の有力な情報が続々と出てきよります。
>その歴史と風を感じながら冬の海でセーリングすれば
また味わい深いものを感じています。
古代も風待ちの帆船が待機したり
航海の練習をしよったがやないですかね。
手結というところは。
手結は風が出やすいき、ウィンドサーフィンのメッカになっちゅうがですよね?
地形からみるとそう思いました。
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