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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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川越だよりのけいすけさんが社会主義という記事で
ローカリズムの私たち30代は社会主義をどう見ちゅうか?の記事を取り上げてくれてます。
ありがとうございます^^


とても重要な問題ですので、もっと書きたいと思います。

けいすけさんが文中で書かれたことは>で引用します。


>他の人はこの文章に共感するのでしょうか。

自分のまわりにいる30代は主義・主張とは何であるのか?
ということ自体がまず見えてません。
その結果、スタンスを宣言できない。
スタンスを宣言できないばかりか政治思想も見えないので
政治思想で政治家を選ぶことなども到底できない。


それは考えさせない教育を推進してきた
国の教育制度にも問題があると思います。
それだけではないですが。
白洲次郎は言ってます。
なぜこの国の人間は自分の頭で考えようとしないのかと。
今に始まったことでもないと思います。


良くも悪くもイデオロギーというのは
国家の根幹を形成する哲学になるべきものであるにも関わらず
それを腫れ物のように扱ってきたため
若者はイデオロギーとは何であるのか?
哲学とは何であるのか?
そういう問いさえ投げかけられなくなってます。

この国の衰退の根幹はここにあります。


>僕はといえば学生時代に世界観として進んで受け入れた
社会主義(マルクス主義)と今なお苦闘中なのです。

とは言いましても現在の現実社会を覆っているのは新自由主義です。

私たちにとってはマルクス主義は全く別世界の話で現実味がありません。

私たちは自分たちを蝕むこの新自由主義のイデオロギーから逃れて生きていくために
それととどう対峙していくか?
そういう現実的な問題にしかあまり興味がありません。

現在の世界ではマルクスは死んでます。


>僕は社会主義を学んだとき(1960年代の学生時代)にはそう思っていました。

自分は社会主義のことをあまり知りません。
自分が社会主義と呼んでいるのは社会を第一義に考える主義のことです。
資本主義は資本を第一義に考える主義です。

ですから、人道に反するロシアや中国の社会主義は
社会主義とは考えてないです。
ただのカルトではないでしょうか。

自分の指し示す社会主義とはおおまかには
社会と国民の幸福を同時に達成しようとした
石田梅岩から始まり松下幸之助で終わる
日本経済思想のことを指してます。

それに対して社員の幸福を考えずに企業の幸福しか
考えなかったイデオロギーを資本主義と呼んでます。
人間よりも資本を優先するので、まさに資本主義だと思います。
私たちにはケインズがどうであろうがシュンペーターがどうであろうが関係がありません。
大学では無益な経済学ばかりが教えられています。

どうやれば社会が幸福になるのか?ではなく
いかに過去の経済思想を暗記するのか?
そういうところにばかりエネルギーが注がれています。

そのおかげで思考停止人間が量産され
経済思想は、すべてアメリカから輸入されています。

本来は経済思想を生み出すのが経済学というものですが
そういう教育が全くなされてない。

それは社会主義においてもそうです。
マルクスをやれば社会主義をわかった気になる。
でもマルクスは社会をもっとよくしようと思っただけ。

そこの動機の部分を日本人はわかろうとしない。
哲学的思考が欠如しているのです。
経済学なんかも元を辿れば全てギリシャ哲学です。
それをわかってない人間が経済学をやるから
この国がおかしなことになるがです。

プラトンもアリストテレスも、国家とは何か?
よく問うてましたが、今の日本ではそういう問いは皆無ですね。
資本主義はこうだから、社会主義はこうだから。
そういう学問があるだけ。
根本的なものがありません。

中江兆民の三酔人経綸問答でも読んだほうがえいですね。

新堀川を壊す人たちは読んだことがないでしょうね。
というか知らんでしょうね。
中江兆民がどんな本を書いたかさえ。


2008年5月4日(日)は越智啓子、講演会へ!
*会場・・・高知市文化プラザ かるぽーと
*午前・・・ワークショップ(インナーチャイルドの癒し)
*午後・・・愛と笑いの講演会

詳しくはコチラ


三酔人経綸問答
『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
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人間を解放する思想の支配性
 人間を解放する思想のはずが人間を徹底的に管理し、支配する。それが「社会主義」だった。ソ連型でも中国型でも日本共産党でも新左翼でもみな同じようなもんやった。

少年時代に信仰していた毛沢東思想もそうだった。大学生の時にはブント(共産主義者同盟)の考え方の中に吉本隆明氏に影響を受けた一派があり、比較的自由な雰囲気ではあったが1976年に解体し消滅した。以後再登場せず30年が経過しました。今の時代を相対化できない思想性であったのですね。

 人の自由な経済活動を保証し、とことん能力次第でいくらでも報酬が得られるという建前の新自由主義。これは19世紀型の自由主義以上の悪質な思想。経営者だけに都合がよく勤労者の権利は破壊、賃金水準も国際化され大幅な賃下げと待遇の悪化が社会の格差を生み出しました。

 20世紀の資本主義が社会主義との対抗上、社会保障政策や勤労者対策を行い、ニューディール政策のような修正資本主義で雇用対策を行って社会不安をなくしてきました。新自主主義は経済学では異端のハイエクあたりの考えでしょうが、1980年代のレーガン・サッチャーあたりで台頭し、2001年に遅れて日本へ導入されました。

 結果は極端な格差社会の到来。教育現場の破壊。年間3万人の自殺者。国は何の対策もせず金持ちと株主だけを優遇し、勤労者の待遇をアジア諸国並に切り下げました。ニートや不正規労働者が多く少子化問題が叫ばれても政府は無関心。アジアの労働力を活用し「賃下げ圧力」をすれば大企業は際限なく儲けるからですね。

 社会主義は、もともと不十分な社会性が破綻し、ロシアや中国でより情け容赦のない資本主義が導入され、人間の尊厳も環境も破壊されつつあります。

 わたしが大学へ入学した1973年は従来のソ連型、中国型の社会主義に異を唱えた初期のマルクスの思想を研究することが盛んでした。イタリアの思想家で異端とされたアントニオ・グラムシや、レーニンと同時代に対立したドイツの革命家ローザ・ルクセンブルクなどが登場し研究されていました。

 陰惨なセクト同士の内ゲバに嫌気がさしていたので、図書館にこもってある時期必死で読んでいたこともありました。今でも多少その時代の思想の影響はあります。でも社会の表面からは消えてしまいましたね。どうなっているのですようか?

 僕なんかは60年代初頭の人たちのように理論や党活動から社会主義運動に入っていません。高校や大学や街頭のなかから社会主義の運動体に触れました。でも新旧左翼の多くは人を解放すると言いつつ、人を支配する組織原理で動いている運動体が殆どでした。

 当時からサブカルチャーは台頭していたから思想面でこけても癒されることはありましたね。学生時代は吉本隆明や埴谷雄高、鮎川信夫、高橋和巳、内田義彦、大塚久雄、高橋亀吉、丸山真男、島尾敏男、谷川雁、なんかを寝転んで読んでいましたね。

 東京での社会人時代は営業が面白くてひたすら走りまわっていました。家庭の事情で高知へ戻った当初はスランプでしたので、文学全集をちかくの市民図書館で借りて読んでいました。

 1987年あたりから再びまちづくりに興味をもち、社会主義的なアプローチではなくアメリカの市民運動のやりかたに興味を持ちました。専門外の都市計画や建築関係の本を取り寄せ読みました。そのばあい社会主義運動をしている連中は都市論がないことに気がつきました。

 せっかくパリコミューンの経験があるのにレーニンあたりが矮小化して(「国家と革命」)などで都市づくりの議論を馬鹿にしていると憤りました。ほいたら自分で都市論をこしらえちゃると力んで1990年前後はそれなりに勉強し、セミナーもしました。

 そして今に成りました。いろんな経験。失敗もしました。でもそれは隠し味。全部プラスに考えています。そして「与えられた」条件を最大限に生かして面白おかしい地域をこしらえてみたい。本気で最近はそう思っています。
けんちゃん URL 2008/03/12(Wed)20:15:21 編集
Re 人間を解放する思想の支配性
この書かれたコメントはもったいないですね。
記事にしてほしい内容です^^

>人間を解放する思想のはずが人間を徹底的に管理し、支配する。
それが「社会主義」だった。

それはおそらく原因を社会主義に求める”原因社会主義”ながやと思います。
自分の場合は結果に社会主義を求めます。
ですので、資本主義思想を用いたとしても
結果が社会が優先される社会になれば
社会主義やと思っています。
”結果社会主義”ですね。

>これは19世紀型の自由主義以上の悪質な思想

今の日本の経営者は、自分たちの先祖が命をかけて闘った
植民地主義というものを積極的に導入し自分の子供たちや年寄りを
その搾取の対象としてます。
微塵の知性もないおぞましい連中です。


>ニューディール政策のような修正資本主義で

修正資本主義はあくまでも手段であって目的ではないはずやのに
今の経済人は搾取を目的としてます。
なんのための20世紀やったのか?
全然、理解もしない人たちです。

>勤労者の待遇をアジア諸国並に切り下げました。

当の政治家たちは自分たちがえいもん食ってえい服着て、えい家に住む。
まさかそういう現実があるとは思うてないですね。
ただのサラリーマンです。


>今でも多少その時代の思想の影響はあります。

そこかもしれんですね。
自分と同じ方向性を感じます。
社会主義の原理主義は嫌いです。
もちろん資本主義も。
原理・原則よりも大事なのは結果。


>人を支配する組織原理で動いている運動体が殆どでした。

社会主義の名を語ったカルト教団ですね。

>埴谷雄高、鮎川信夫、高橋和巳、内田義彦、大塚久雄
高橋亀吉、丸山真男、島尾敏男、谷川雁

すごいですね。
全然わかりません。

>社会主義的なアプローチではなくアメリカの市民運動のやりかたに興味を持ちました。

わかります。
自分も人間解放にしか興味がありません。
自分はそれを土佐の自由主義と呼んでます。

>レーニンあたりが矮小化して~馬鹿にしていると憤りました。

自由というものを考えたときに都市の生活環境というのは大切ですね。
生活環境は、ある意味、抑圧になる場合がありますから。

>面白おかしい地域をこしらえてみたい。本気で最近はそう思っています。

同感です。
どこにでもあるような街づくりというのは
自分にとっては抑圧以外のなにものでもないです。
オリジナルやきこそ、人間が解放される。
自分のあらゆる視点がそこに向かってるのかもしれません。
ナカちゃん 2008/03/13(Thu)12:12:04 編集
記事にしました
 ナカちゃんもガチンコのトーンであるし、けいすけさんも真摯な文章を書かれていましたので、自分もいつになく真剣に書ました。

 いわれるようにブログの記事にもしましたよ。TBさせていただきました。

 ある意味社会運動への幻想を断ち切る時期にも来ています。かえって自分の「左翼体験」が邪魔していると真剣に思い出したからです。

 自分の「とっておきの」プライドをぶっ壊すことにはためらいもありました。でもそれをしないと面白おかしいまちづくりはできないと思います。
けんちゃん URL 2008/03/13(Thu)17:39:23 編集
Re 記事にしました
>いわれるようにブログの記事にもしましたよ。
TBさせていただきました。

ありがとうございます。
とてももったいなく思いましたので。

けんちゃんのように初期社会主義的思想を持たれている方が
どのように今を歩んでいるかを知るには
とても良い文章やと思いました。

初期社会主義には社会を問う哲学性がありましたが
マルクス・レーニンなどの原理主義は前提に2元論があります。
全くレベルが違います。

後者は明らかにテロとつながるものでしょう。
日本の捕鯨船を襲撃したシー・シェパードとも通じる思想です。

>自分の「とっておきの」プライドをぶっ壊すことにはためらいもありました。

”放下著”という禅語があります。
全て、捨て去ってしまおう!という意味です。
執着は知性に制限をかけてしまいます。

捨て去ることには大賛成です。
ナカちゃん 2008/03/14(Fri)11:34:57 編集
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人間を解放する思想の支配性について
 人間を解放する思想のはずが人間を徹底的に管理し、支配する。それが「社会主義」だ
URL 2008/03/13(Thu)17:40:26
幻想を抱くのをもうやめよう
 社会運動は過去がどうであったのかの検証や思い出に浸ることよりも、今ある現実をど
URL 2008/03/13(Thu)17:41:59
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