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《日本語のルーツ「土佐弁」》 ★感嘆詞⇒げに まっこと お~の たま~ あっぽろけ しもうた ばっさり やまった なんちゃあ いうたち ★代名詞⇒あて あし おまん おんしゃ ★名詞⇒いられ どくれ もがり いちがい おらんク おまんク ひとんク あしんク あいちゃぁんク ちゃりす ほげす てんくろう くそじんま ごくどー ひいとい ようだい ばいあい まちまい いこじ いごっそう はちきん わかいし わりことし ★副詞⇒しょう こじゃんと どだい たまるか たいちゃ びっしり ぎっちり ぼったり ばっつり ぼっちり ちっくと しゃっち ざんじ しゅっと めっそ ひっしかっぱ ひがち さいさい ★形容詞⇒へごな のかな へすこい ひやい ぬくい みぞい しわい いそしい えずい やりこい ちんな たっすい したらこい むつこい たいそい めんどい あやかしい むつい またい かあくろしい ばばひい およけない とろこい ほうやくな しんよい ★動詞⇒ひせくる びちくる ぞぶる まぎる ちゃがまる たれもつる たごる ねぶる りぐる かやる のうがわるい ほたえる そばえる たつくる うまえる えぜる ロイつく えつくる さらばえる ほりこかす はりまわす めった いぬる ぞ~くそわるい しのべる くるめる ばぶれる いこる ゾンゾンする しゅんじゅう こたう ★語尾⇒ちゅう にゃあ ちや ぜよ じゃいか やき じゃき ★活用例:こじゃんと ぞ~くそわるい(私は非常に気分が悪い) ・ちっくと待ちよってや!今からざんじいんでしゅっと来るき(ちょっと待っててね、今からすぐに家に帰って、それからまた来るから) ・さいさい来てや!(暇があったら酒の肴でも持って、いつでも飲みに来てね)
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沖縄の人口は約140万人、高知は73万人

人口密度は沖縄が625人/㎢、高知が104人/㎢

人口が高知の2倍で人口密度は高知の6倍

このデータだけ見れば圧倒的に高知のほうがとてつもない田舎だということになる




辺野古問題に絡み、沖縄県人が差別を受けているとの言説を聴きますが、高知県人も山内一豊が1601年に浦戸城に入城した時から徳川に植民地化されたと言ってもよい。そこから上士、下士という階級が出来、今でもその階級意識が残っている。上士の末裔は権力に擦り寄り、下士の末裔は権力を心底嫌う。


その差別への対抗意識が明治維新、自由民権運動の原動力になったとも言える。


つまり、沖縄独立論は土佐人にとっては他人ごとではない。


高知にも独立論が多数、あるが、中国の軍事的脅威がある今、それは下火になっていると言っても良い。簡潔に言えば、土佐人は沖縄の人たちよりも人口は少ないが、日本の歴史に関与してきた、あるいは作ってきたという当事者意識が必要以上に強いのかもしれない。

しかし、それと同時に自由民権運動時における薩長藩閥政府からの敵視政策、大逆事件の濡れ衣など。土佐の歴史そのものが一言主連行事件の古代より、中央政府からの差別と封じ込めの連続によって成立していると言ってもいい。


つまり、沖縄の”本土から差別”意識は最近、始まったものであるから殊更にクローズアップされるのであり、土佐人も基本的に自分たちを日本人だとは思っていない、それよりも土佐人という括りに文化的帰属意識を持っている。つまり、これは沖縄におけるウチナンチュという意識そのものであるのではないか。


土佐は古来より四国山脈に隔てられた陸の孤島であるから、(究極的には)自分たちとそれ以外という捉え方をする。沖縄と何が違うかと言えば、進取の気性が強く、やられる前にやってしまえという”いられ感”がある。だからこそ長宗我部は辺境から四国をほぼ統一したし、土佐勤王党や海援隊、陸援隊は、その思想と行動で、日本をひっくりかえそうとした。薩摩、長州とて辺境の地である。


土佐にはそもそも日本への帰属意識というものはない。どちらかと言えば、他の地域と共和政、連邦制をとっているという感覚が強い。つまり、この感覚がなければ、沖縄のように、私たちは差別されている、被害者であるという意識に陥ってしまうだろう。それほど土佐に対するこれまでの仕打ちは過酷を極めている。その過酷な歴史があっても、未だに土佐人が楽観的なのは、風土と酒と自由に対する希求への連帯感があるからである。


俺たちは差別を受けている、と土佐人がこんな辺境の地で語り始めたら、暗くなって仕方がない。それより、中央政府を革命したほうが手っ取り早いと考える人間が異様に多い。これを司馬遼太郎は”土佐の明色性”と呼んだ。(決して、沖縄は土佐を見習えと言っているわけではない。沖縄は辺境の地ではなく、邪馬台国の成立に深く関与していたということに気付いてほしいのである。つまり、本土を”ヤマト”と称することによって沖縄は自らのアイデンティティーの一部を放棄しているのである。土佐で興った大和における条里制は沖縄のグスク思想に基づいている


高知と沖縄は類似点が多い。芸能分野で、沖縄に進取の気性があることは既に知られている。ただ、土佐人は老若男女の爪の先まで、酒を飲んで政治議論をする(傾向がある)。だからこそ、その進取の気性が政治的な領域で昇華するということではないだろうか。おそらく、沖縄にもそのような政治を語る文化があったはずである。


その文化を取り戻すことが、最も沖縄をよくすることにつながるのではないかと考える。


尖閣問題がクローズアップされている中での独立論はあまりにも危険な綱渡りである。地政学的な独立は沖縄を幸福にしないのではないか。それよりも政治的独立を目指すほうが良い。


沖縄を中心にした黒潮連邦制を高知と目指せば、基地そのものを地域外へ持っていけるのかもしれない。基地も原発も都市が負担すべきである。なぜならば、政府の迎撃ミサイルによるミサイル防衛は大都市にしか配備されていないからである。


大都市の強欲資本主義を享受したいものだけが原発と基地を負担すれば良いのである。大都市に住む場合は、そのリスクを承知した上で住む。その選択を国民に委ねれば良いのである。電気も安全も、自由に遊べるお金も欲しいというのであれば、発展途上国の搾取された怒りのパワーの攻撃対象になることも甘んじて受けなければならないし、大都市を中心とする中央集権を盲信するのであれば、自分たちが真っ先に国家主義的政策の犠牲になることを覚悟すべきである。


そのような『幸福とリスク』が平等に分配される新しい国のカタチが必要なのである。
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